僕の世界はいつだってそれだけで構成されていた。





ひゅーひゅーと、荒れ果てた地に音が響く。
その音の発信源は探るまでもなく、自分の足元に転がる人。
ままならない呼吸は、彼の人の胸を震わせ全身で息をしようと、もがいていた。

もう、長くはない。
それはその呼吸の仕方と地面に広がる大量の赤、そして自分の軍人としての経験が物語っている。
彼の人の端正な顔を覆っていた仮面はとうに壊れていた。否、僕――俺が壊した。
ぼろぼろになったマントに所々破れ解れている衣服。
そこから流れ出す赤は、以前自分が守れなかった心優しい皇女のそれと同じ、色だった。

(きっと、俺の血の色は、こんなに綺麗じゃ、ない、な)

ぼんやりと彼を見下ろしながら、そんなことを思った。
どんどん呼吸の間隔が短く浅くなる彼の人。
何人もの人の命を、義兄弟の命を奪い、己の願望のために国家をも揺るがした犯罪者。
どうして俺はそんな男と彼に殺された皇女を、同じだと思ったのだろう。
分からないな。そう思うと彼の口が微かに動いたので地面に片膝をついた。
じんわりとその部分から赤く染まっていく。
そんなの構わなかった。俺のパイロットスーツも目の前の男と同じくらい破れていた。

「なに」

自分でもよくこんな声が出たな、と思うくらい低い声が出た。
もうすぐ死んでしまいそうな男は、土色になり始めた顔を、微かに動かした。
微笑か苦笑か。快楽か苦痛か。
そんなの、どれなのか俺にはさっぱり分からない、表情だった。

さらさらと地面の砂埃を風が巻き上げる。
周りには自分たち以外誰もいなかった。
あるのはもう修理のしようがないくらい壊れはてたランスロットと瓦礫の街。
ゼロが現れるまで栄華の象徴のようであったエリア11の総督府は見るも無残なものへと姿を変えてしまった。
ひとりの、父親を、義兄弟を、憎む、男の手に、よって。

微かに息絶えそうな男の口が動く。
もう音を出すことすらできないのだろう。
ひゅーひゅーと変わらず空気の漏れるような音が、その唇からこぼれた。

「だから、なに」

そのような状態の人間に話せと強要するのは無理な話だということくらいわかっている。
それに、どうして俺はここまでこの男に執着しているのだろうか。
もう上司にゼロを捕らえたと報告した。
自分だって身体が悲鳴を上げている。
ゼロを瀕死の状態に追い込んだのも自分だ。
それなのに、なぜ 胸が 痛む のか。

身体を折り曲げて、彼の口元に耳を寄せた。
すーすーと耳元に人の息とは思えないほどの微々たる吐息がかかる。
本当にもうすぐ死が近づいていることが、分かった。
そして、聞こえて、しまった。

「す、ざ…く」

「るるーしゅ?」

聞こえて、しまった の だ。
俺の名前を呼ぶ、その声、が。

身体を起こして、その顔を覗き込む。
やばい。どうしよう。呼んでしまった。口に出してしまった。認めて、しまった。

「るるーしゅ?なあ、るるーしゅ、返事、しろ、よ」

彼の、ルルーシュの名前を呼ばないことが、最後の、砦だった、のに。

動かない身体。
胸に耳をあて顔に手を翳して、空いたもう一方の手で頸動脈を探る。
もう、動いていない。
堤防が決壊したかのようにいろんな感情がいっきに押し寄せてきた。
やっぱりルルーシュだったどうしてルルーシュが許せない大切な人殺したい早く手当てしなきゃこのまま死んでしまえ死なないで 犯罪者被害者憎い大好き憎い大好き憎い大好き憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い、


あ い し て る







「う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」







僕の(俺の)世界はいつだってそれ(ルルーシュ)だけで構成されていた。




















気付けばとても簡単なことでした。
どうして慈愛の皇女とゼロを同じで穢れなき者だと思ったのか。
どうしてあそこまで執拗にゼロに執着したのか。

そう、それは単にゼロが他でもないルルーシュだったから、です。


僕は現実から、真実から、きっと、逃げていたのでしょう。
最期に彼が僕の名前を呼んで、それで唐突に理解したのです。いえ、真実に目を向けたのです。
彼のしたこと。僕のしたこと。僕の気持ち。
そして気づいたのです。僕が、最後にすることが何であるか。

僕はルルーシュのことを何よりも誰よりも、愛していました。
それはきっと初めて出会った、あの時から。ずっと、彼だけを。
でも馬鹿な話ですよね。僕は彼が死んで、ようやくそのことに気づいたのです。
彼がどれだけ僕にとって必要不可欠で、そして、どれだけ、愛していたのか。
ああ、違うな。今でも、愛してます。
…彼の気持ちなんて分かりません。だって自分の気持ちにすら気づけなかったのですから。
だけど、彼は僕のことを、愛してくれていたのではないでしょうか。
最期に僕の名前を呼んでくれましたし、そういえば、いつでも彼は僕を黒の騎士団に誘っていましたから。
それに、最期の彼の顔は、とても、穏やか、で。
…自惚れ、でしょうかね。でもそう思うことくらい大目に見てください。



ゼロ――ルルーシュの傍に転がる銃を手に取った。
そう、僕が、気付いた、最後に、すること、は、

「きっと君の傍には、逝けないだろう、ね」

思わず苦笑い。
責任逃れだろうか。ひょっとしたらこれから先、国を再興させるために僕がしなくてはいけないことがあるかもしれない。
けれどそんなのできるわけがなかった。

「だって、ルルーシュが、いない」

僕の世界はなくなってしまったのだ。自分で壊してしまったのだ。
そんな中で、自分の世界がないのに、生きていけるわけがないじゃないか。


外さないように、生き伸びてしまうことがないように、僕は自分の米神に銃をあてた。















さよなら世界。また会える日まで。
加わった赤は、もう一つのそれと同じくらい綺麗でした。
寄り添うように息絶えた二人の少年は、どこか幸せそうでした。   誰かが言った。





















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5万企画「死ネタ」より。…こんな感じでどうでしょう?
25話後の捏造でも未視聴でもどちらでもいけるように書いてみました。
ちなみにこの二人は付き合っていません。スザ→←ルルでした。
スザクは気づいてなかったけど無意識ではルルーシュのことを思ってて、ルルーシュは気づいていましたが言えませんでした。
ということであながちスザクの最後の独白は外れてなかった、と(笑)
死ネタということでしたので暗い話になってしまいましたが、苦情とかはご勘弁を!



2007.08.30