「副総督はルルーシュ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、お前に任せようではないか。」

スクリーン上の最も憎い相手が、何年も前に捨てた名で呼び、再び俺を醜い舞台へと引きずり上げた。
最後に見たときと変わらずあいつの眼は無慈悲で全てのものを見下し、そして俺の眼はやはりあいつと同じ色だった。





彼は強がり暗涙した





「エリア11の総督にコーネリアを充てる。」

スクリーンには相変わらずふざけた髪型の男が立っていた。
父親だとは認めたくない。けれどあいつの顔を見るたびに、最もあいつとも繋がりを顕にする両眼が疼いて仕様がない。

クロヴィスの追悼式典で、皇帝は予想通りエリア11の総督にコーネリアを充てた。 となると副総督は彼女の溺愛している妹で間違いない。
そう確信して、先の見えた結果に内心笑いが止まらなかった。

それなのに、今スクリーンの向こうで、あの男は“ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア”を副総督にすると言い出した。
なぜ切り捨てた息子を今更持ち出すのか。
なぜ7年前に死んだ皇子の名前を出すのか。
意味が分からない。あの男の考えていることが分からない。
スクリーンの向こうで、あの日のように人を見下している。
その目が真っ直ぐ自分に向けられているような錯覚を感じ、あのときの恐怖を思い出してひっ、と情けない声が出そうになる のを必死に飲み込んだ。

「いい加減出てきたらどうだ、ルルーシュ。7年間私はお前達兄妹を見逃してやったんだ。 それ相応の働きで借りを返してもらわないとなあ。」

ざわついた周囲が俺に注目している。下手に表情にだしては駄目だ。ああいってはいるが所詮あいつはこことは遠く離れた 本国にいる。そうだ。どんなにあいつが俺の名前を出そうが、俺はここでは“ルルーシュ・ランペルージ”。 俺がここにいるのも分かるはずがない。

「あの、さルルーシュ。まさかルルーシュだったりとか…」
「あ、ああ、そんなわけないだろリヴァル。俺と名前が同じだけだよ。驚いたな。」
「そ、っか。そうだよな、うん!」

控えめに声をかけてきたリヴァルに少し大きめの声でいつものように対応するとやつはあっさりと俺とは別人と認識した。 それも当然だろう。一般の学校に通っているやつが皇族だと誰が思うか。
何も知らないやつらはだけれども、と視線をスザクに向ける。
予想通り信じられないどうして、というような表情で俺を見ている。声に出さずに口だけで「なぜ」とスザクが言ったから 「そんなの俺が聞きたいくらいだ。」と返すとあいつの眉間に皺が寄った。

「庶民に紛れて学んだことを見せてみろ、ルルーシュ。弱者は弱者らしく、道具は道具らしく私の役に立てばよいのだ!!」

バン、とホールのドアが大きな音を立てて開かれた。スクリーンでは皇帝が話しているが、注目は自然とそちらへ行く。 逆光で判別の付かない人影が、次第にはっきりとその姿を現した。

「第2皇子シュナイゼルをそちらに遣った。

「ルルーシュ」

迎えに来たよ。さあ、姿を見せなさい。」

『ルルーシュ』と、俺の名を呼ぶ声が重なった。食えない兄が、そこに立っていた。

「さあルルーシュ、出てきなさい。ここに居ることくらいもう分かっているのだよ。」

悔しい悔しい悔しいっ!
なぜここで正体をばらす。なぜ今更皇室なんかに戻らなくてはならない。なぜ、今までの幸せを踏みにじる。

間には沢山の生徒がいるのに、あいつが真っ直ぐ俺を見ているようで吐き気がした。
シュナイゼルが一歩足を出すと、生徒達は真っ直ぐステージに続く道を自然と作る。周りが腰を折るのにあわせて、 俺も見つからないように腰を折り顔を下げた。視線だけを上げると、未だスクリーンに映る皇帝に礼をしてシュナイゼルが ステージに上がる。その傍にはカメラがあり、それは中継で世界の各エリアが、日本が、ブリタニアが、あの皇帝が、 全てがこの様子を見ているのだということを表していた。

「さあ皆さん顔を上げてください。でないとルルーシュの顔が分からない。」

その言葉で恐る恐る上げられた視線が、遠慮がちに俺に集まった。
この学園に『ルルーシュ』という名の生徒は俺しかいない。いや、たとえいたとしても生徒会副会長として全校に名が 知られている俺に視線が集まるのは必至だった。
顔を上げると、彷徨うことなくシュナイゼルと目が合った。やつは食えない笑みの添えて右手を前に出した。 真っ直ぐに、俺の方へ。ああ、最初から俺がこの場に立っているということを知っていたのだ。

「スザク」
「ル、ルーシュ…」
「ナナリーを、頼むよ。カメラに映らないように守ってやってくれないか?」
「まって…駄目だよ、ルルーシュ。行っちゃ、駄目だ…!」
「…頼んだよ」

クソ親父め。
今更こんな舞台に引きずり出しやがって。いつまで俺たちを不幸にする気なのか。
そっちがその気なら俺だって最大限に利用してやるだけだ。こうなったら内側から、徹底的に 全てを覆してやろうじゃないか。
痕が残るんじゃないかと思うくらい俺の腕を強く握るスザクの指を一本一本放さ、じっと強くスザクの眼を見れば、 あいつは諦めたかのようにこっそりと人の間を縫ってナナリーの方へと向かってくれた。
それを確認すれば、あとは前へ進むだけ。
踏み出そうとした足の膝が震えていて、それは恐怖しているかのようでそんな自分に苛立った。 覚悟を決めて歩き始めると、先程のシュナイゼルの時のように自然と道が出来た。
リヴァルやシャーリーの声が聞こえた。けれど振り向かない振り向けない。
前だけを見据えていると、生徒の一番前で会長がらしくなく泣きそうな顔をしていた。


「……今は亡きマリアンヌ皇妃が長子、第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリアタニア、参上しました。」


幼い頃に嫌というほど教え込まれた礼をする。もう何年もこうして皇族に対して使うことは無かったのにやればちゃんとできる ものなんだなと、変に感心した。と同時に自然と出来てしまう自分はやはり皇族なのだということを身をもって感じた。

「久しぶりだね、ルルーシュ。生きてまたこうして会えて嬉しいよ。さあ、顔をあげなさい。」
「お久しぶりです、兄上。」

顔を上げるとスクリーンに映った憎い男が嘲るように、笑った。
その男の後ろの皇族たちの顔が途端に歪んだ。本当に俺が生きていると思っていなかったのだろう、特に皇妃たちの 考えていることが手に取るようにわかる。どうして自分の子ではないのか、どうして庶民出の女の息子が副総督なのか。
どうして生きているのか。
考えるまでもないそれらは、昔からよく囁かれていた嫌味と変わらない。
立ち上がると同時に兵士の一人に紙袋を渡された。

「これは?」
「お前の皇族服だよ、ルルーシュ」
「っ皇族、服!?」
「そうだよ。ルルーシュがまだ皇宮で暮らしていた頃に着ていたのと同じデザインだよ。」

中を出して広げると、本当にあの頃着ていたデザインと全く同じだった。
嫌になるくらい真っ白なそれ。もう二度と着るまいと、着ることはないと、思っていたそれ。

「さあルルーシュ。今すぐそれに着替えなさい。このカメラの前で君が皇族に復帰した姿を世界に披露するんだよ。」





袖を通した皇族服はあの日最後にあの男に謁見したときとやはり同じで、そして何故かサイズはほとんど合っていた。 そのことが今までの自分達の全てを知られているような気がして激憤を感じた。

「お前はマリアンヌによく似たな。あいつとそっくりだ。」
「ありがとうございます、父上。」

俺もナナリーもお前に似なくて良かったと心底思うよ。
わざとらしく微笑めば、画面の向こうの男も面白いものを見つけたかのように目を細めた。

「父上、お聞きしたいことがあります。」
「何だ?」
「私は皇位継承権をあの日放棄しました。そして私は公では死んだことになっている。それなのに何故今更私を エリア11の副総督に充てようとお思いになられたのでしょうか?」
「お前は面白い道具だからな。道具は道具らしく私の指示に従えばいい。全ては私の道楽だ。」

そう言い捨ててあいつは演台から離れた。
道楽だと?道楽でこの世界に戻らなければならない俺は一体なんなんだ。俺は、やはり道具としてしかあいつに認識されて いない。分かっている。寧ろあいつに息子だと認めて欲しくはないのだけれども。
殴りたくなる衝動を我慢して、発散できない怒りを両手を強く握り締めることに変えた。
ステージに上がる。カメラが正面から俺を映し、ああ何故俺はこの忌々しい服を着てこんな場所に立っているのだろう。
上から見渡せば明らかに皆この急な展開についていけないようだった。知った顔を見つける度に胸が締め付けられる。 ナナリーは、スザクが慰めるように手を取り、周りから上手い具合に隠してくれていた。

「この度エリア11の副総督に就任しましたルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです。皆さん、よろしくお願いします。」

二度と口にしたくなかった名を世界に向けて告げる。

目を閉じて、一度自分を落ち着かせた。
次に目を開いたときが、今までの平穏な日々の終わりなのだと、覚悟を決めて。

「未熟者ではありますが、国に最も有益になるよう最善を尽くします。皆さん、 力を合わせてより素晴らしい国にしましょう。」

大丈夫、俺にはギアスがある。外側からが不可能になってしまったのなら、内側からブリタニアを壊してやろうじゃないか。
あの男を後悔させてやる。俺を道楽で副総督にしたことを心の底から悔やみ、そしてみっともなく威厳もなく死んでいけ。

再び教え込まれた社交的な笑みを貼り付けると、「お兄様」とか細いナナリーの声が聞こえた。










強い態度でいたけれど、本当は見っともないくらい声を上げて、泣きたかったんだ。




















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今ごろ6話派生です。DVDで見たら急に書きたくなってしまってその結果意味の分からない話が誕生。
皇族バレとかゼロバレとか、そういうの凄く好きなんです。
皇帝の話し方とかが分からないよ…!
スザクとシュナイゼルが出てきたのは愛故です(笑)


2007.03.30