インターホンに右手人差し指を伸ばして、触れる直前でひっこめた。その手を胸にあてて深呼吸。
繰り返すこと実に7回目。時間にしておよそ10分。
我ながら情けなく思う。柄にもなく緊張している。

「…よし!」

震える手をぎゅっと握りしめて、枢木スザクは8回目にしてようやくインターホンを鳴らした。





ピンポン、と軽い音が一度響いた。
目的の家に行くことは珍しいことではないが、インターホンを鳴らしていたのはもう何年も前。
妙に聞きなれないその音に、普段より早くなっていたスザクの心臓が更にスピードを増した。

やばいぞやばいぞ。もう引き返すことはできない。いや、元から引き返す気はないんだけど。
それにしても普段やらないことをするとやけに緊張するな。
まさかインターホンを鳴らすだけで10分もかかるなんて!通りすがりの人の目が痛かった…。
しかも、もしかしなくても俺のこの格好が原因か?ああ間違いなくそうだ!
でも、こういうのにはちゃんとけじめというか礼儀が必要だよな。……うん。やっぱり俺は間違っちゃいない。

ぐるぐるする頭は次から次へと今の状況に対する説明を一方的に始め、スザクの頭はさらにぐるぐるするばかり。
まだインターホンを鳴らしてからそう時間は経っていないのに、返事が返ってくるまでの間がやけに長く感じる。
もしかして誰もいないのだろうか。そうしたら俺は大概滑稽だな、とスザクが思い安堵と同時に落胆しかけたその時。

「はーい」

機械越しに目的の人物、ルルーシュの声が聞こえて治まりかけていた心拍数と緊張のバロメーターが一気に駆け上がった。
俺だけど、と短く答える。声が裏返っててみっともなかった。

「スザクか。どうしたインターホンなんか鳴らして。いつもみたいに勝手に入ってくればいいだろう」

(ああもうこの女は!男心というものを分かれ!)
相手に目的を告げていないのだから男心を察しろというのは無理である。
というより、もし今日訪れた目的が事前に知られていたらそれこそ顔から火が出るんじゃないかと思うくらい スザクにとっては恥ずかしいことなのだが。
今度は声が裏返らないように腹に力をいれて、ゆっくりと返事をした。

「ちょっと、な。手が、塞がってて」
「ふうん。お前どうやってインターホン鳴らしたんだよ。まあ今開けるから」

ガチャン、と切断される音が聞こえて、スザクの心臓はますます拍動を速めた。
手が塞がっている、というのは嘘ではなかった。
スザクは左腕に抱えていたそれを右腕に移し、左手をポケットに突っ込んでその存在を確認する。
(よし、ちゃんと、ある)
ぎゅ、と左手を握りしめたと同時に、ガチャリと目の前のドアが開いた。

「……」
「……」
「……よう」
「………ぷっ!」

あはははははははは!と盛大な笑い声が住宅街に響いた。







全く失礼な女だ!人を見るなり腹を抱えて笑いだすなんて!

と、普段のスザクならそこから言い合いの喧嘩になるような状況だったが、当の笑われた本人はそんな余裕などなかった。
ひいひいと涙を流し笑いつづける幼馴染を前にまさに心ここに在らず。

(え、俺なんか可笑しい?そんなにやばいか?顔になんかついてるとか?…いやいやまさか。 自分の家出る前にちゃんと鏡で確認してきたし。
それじゃあなんだ。もしかして服が似合ってないとか?…それこそないだろ。俺だって一応モデルもするし。 自分に似合う似合わないくらいは分かるし。)
(ああもう一体なんだよっ!くそっ!泣きそう!)

つい数分前までの混乱を上回るような混乱。
緊張している上に全くもって予想外の反応に頭がついていかない。
しかしそんなスザクを尻目にルルーシュは未だ笑いつづけていた。

「なんっだ、よっその格好っ!!」
「………」
「す、スーツっに、薔薇の花束っ、てっ!」
「………」
「あれか?その薔薇、ファンからっの、ぷ、プレゼントっ、か!?」
「………」

泣いてもいいでしょうか。
よりによって何故一世一代の覚悟を決めてきたこの日に、普段ルルーシュ以外の誰もが笑っていても声を上げて笑うことのない あのルルーシュが、声を上げて更に涙を流して大爆笑するのか。
ふらりとした身体をスザクはやっとのことで踏ん張った。
先ほどとは違う意味で落ち着かない心臓を必死に落ち着かせようとする。
と、普段のスザクと様子が違うことに気づいたルルーシュが笑うのをやめた。

「…スザク?」
「……」

完全にペースを崩され、それを必死に取り戻そうとしているスザクはその事に気付かない。
ルルーシュはさすがに笑い過ぎたかな、と目元の涙を拭いスリッパを履いてスザクの前まで行った。
おい、と俯いた顔を覗き込んだその時、バサ、と勢いよく薔薇の花束を胸に押し付けられた。
その拍子に数枚真っ赤な花弁が舞う。
やばい怒らせたかな、とルルーシュが内心焦っているとスザクが勢いよく顔を上げた。

「ルルーシュっ!!」
「はいっ!」

その声の勢いにピンと背筋が伸びた。
ルルーシュを見つめるスザクの表情は真剣そのもの。
スザクが幼いころからやっている剣道の試合の時に見せるような表情にルルーシュはドキリとする。
渡された花束を無意識のうちにちゃんと持ち直して、ルルーシュの顔も自然と真剣なものになった。

「あの、な」
「うん」

何度も口を開いて何かを言いかけては口を閉じるスザク。
玄関のドアは開かれたまま。
冷たい風が吹いてルルーシュは小さく身震いした。
するとスザクが小さくよし、と言ってポケットにいれたままの左手をもう一度ぎゅっと握った。

「ルルーシュ」
「…うん」
「俺と、」
「…うん」


「俺と、結婚しよう」


「え」


スザクの右腕がルルーシュを抱き寄せる。
間に挟まれた花束を潰さないように、けれど背中に腕を回してしっかりと。
ルルーシュはしばらく言われたことが理解できず呆然としていたが、 抱き寄せられて近くにあるスザクの耳が真っ赤になっているのを見て、ルルーシュもまた顔を赤く染めた。

「…スザ、ク?」
「……気、だぞ」
「え?」
「本気だ、って言ってるんだ」

(言った…ついに、言ってしまった!!)
バクバクと心臓の音が外に聞こえるんじゃないかというくらい激しくなっている。
顔がありえないくらい赤くなっているのも感じる。
もうどうにでもなれ、とスザクはルルーシュを抱きしめる右手に力を込めた。

「…どうした、急に」
「急じゃない。ずっと考えてた」
「…何考えてるんだ、お前。俳優として、今が一番大切な時期じゃないか」
「ルルーシュより、大切なものは、ない」
「…でも私たちはまだ、高校生、だぞ。法律的に、結婚なんて、できないじゃないか」
「法律とかじゃなくて、俺はお前の気持ちが、聞きたい」

すっとスザクの身体がルルーシュから離れた。
お互いまだうっすらと頬が染まっていて、けれどスザクは真剣にルルーシュの目を見た。
ルルーシュは少しだけ下を向き、右手に渡された薔薇に顔を埋めて、言った。

「……わたしで、いいのか?」
「お前がいい」
「……芸能界にいたら、きれいでかわいくて、スザク好みの優しい子が、いるかもしれないんだぞ」
「俺は、ルルーシュじゃないと、いやだ」
「……いや、か」
「いやだ」

スザクは左手をポケットの中から出して、そのまま所在なさげにしているルルーシュの左手を取った。
震える右手でルルーシュの左手を支えて、右手より震えている左手に持ったそれをルルーシュの薬指にあてて。
驚いて顔を上げたルルーシュが自分の左手に触れている物に気づいて、ハッと息を飲んだ。

ゆっくりと、ゆっくりと左手薬指にはまっていく指輪。
お互いの手が震えていて、なかなかうまく通らなくて、何度も何度もひっかかりながら、 それはやっとルルーシュの細い指にピタリとはまった。

「仕事が増えて安定してきたら、言おうと思ってた」
「……それで、スーツに、ばらの花束、か」
「あと、今日は、お前の、誕生日だから、ぜったい、きょう、いいたくて」
「……そっか。きょうは、わたしの、たんじょうび、だった な」

「ルルーシュ。俺と結婚しよう」

口元を隠すように動かした左手は、まるで指輪にくちづけているようで。




「断るわけ、ないだろう」




静かに流れた涙が、指輪まで伝って綺麗に光った。















右手に薔薇を、左手にリングを











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サイト1周年記念小説です!以前SSで書いていた芸能人パラレル!恐らくシリーズものになります。
個人的にはすごく楽しかったです。皆さんにも楽しんでいただけたら嬉しいです!
ちなみにフリーですのでご希望の方はお持ち帰りください!



2008.02.07