皇子ルルーシュと開発者ロイド(と機械スザク)
「あれ〜殿下ぁ、こんなところで何してるんですかぁ?」
「…ロイドか」
全面強化ガラスで囲まれた部屋、そこには多数の軍人がおり訓練している。
ルルーシュはそのガラスに片手を当てたまま気だるげに己の名前を呼ぶ声に振り向いた。
予想通り、というかこんな特徴的な話し方は一人しかいないと思い振り向いた先にいたのはやはりその人物で、
ルルーシュは思わず小さく舌打ちをした。
聞こえたはずなのにロイドはそんなの全く気にする様子もなくそのままひょろひょろと移動し、
ルルーシュの隣に立つと強化ガラスにべったりと張りついて笑った。
「どーですかぁ!僕の作ったお人形さんたちは!!」
嬉嬉として言うロイドにルルーシュは僅かに眉間に皺を寄せた。
そう、強化ガラスの向こうにいるのはただの軍人ではなかった。全てルルーシュの隣に立つロイドが作りだした人型の兵器。
対人戦において軍で重要な存在になりつつあるそれらはロイドの要望もありルルーシュも何度も実践に投入している。
その兵器が集められた部屋をルルーシュは目的あって見ていたところに、ロイドの登場だ。
正直、ルルーシュはロイドのいう「お人形」だったり「兵器」だったりという言葉が、
むしろこの人型の兵器が好きではなかった。
答えは元から期待していなかったのだろう。ロイドはルルーシュの返事を聞く前にテンションを高めに続け、
それがまた少し、ルルーシュの気に触った。
「すごいでしょー!強いし、下手に感情のある人間なんかよりもずぅっと!!」
ルルーシュは苛立ちを隠さずに視線をロイドから強化ガラス内の部屋に戻す。
深い紫色の瞳が部屋の中を彷徨うのをロイドは隣から見つけ、にやりと笑った。
「…聞きたいことがある」
「なぁーんでーすかぁ!殿下が僕に聞きたいことなんて、明日は雪かなぁ!」
「…ロイド」
「はいはーい!で、何ですか?」
いつまでもふざけ調子のロイドにルルーシュは声を低くしてその名前を呼ぶことで止めさせる。
けれどもロイドはそれすらも面白いといった風でルルーシュの苛立ちは増すばかりだった。
「どうして、あいつらはみな、違うんだ」
予想外だった問にロイドは思わず目を見開いて隣の皇子を凝視する。
ルルーシュは質問したにも関わらず視線はずっとその部屋の中。焦がれるような求めるような目のままだった。
「だぁって、兵士がみんな同じじゃ気味悪いし、すぐにばれちゃうでしょう?」
確かに、とルルーシュは思う。
まれにナイトメアに乗るものもいるがここにいるのはほとんどが歩兵の前線部隊だ。
実際前線に出るときは顔は隠れているがそれでも顔を出す機会が皆無というわけではない。
それに、このこと――ロイドの開発した人型兵器の存在を知っているのは彼の直属の上司であるシュナイゼルと、
このエリアの平定を任されたルルーシュだけである。ロイドの開発機関の人間を除いて。
特Aクラスの情報を下っ端の軍人が知るはずも知らせるはずもなく、もしものことを考えれば良策なのかもしれない。
最善ではないだろうが。
知ってること聞かないでくださいよぉ、とロイドが笑った。
ルルーシュがこの人型兵器が好きではないのには、今の質問と結びつく理由がある。
確かにルルーシュは多種多様にある理由を知っていた。
「……人間を使うからだ」
ロイドが表情を崩したのがルルーシュの視界の隅に入った。
この人型兵器は元を辿ればみな人間だった。といってもサイボーグなどではない。
死んだ人間の顔、体、そして感情、それらをロイドが細かな部品を組み立て全くの無から作り上げた完全な機械。
感情を入れたのは何も知らない周りにばれないようにと、それとロイドの趣味だった。
それが、嫌いだった。
いくら完全な機械だとしてもそれらは以前は人間。まだモデルとなった人物の家族や友人だって生きているだろう。
例えそれがそのような残された人間との間に高額な金銭のやり取りがあったとしてもだ。
感情があると言っても表情の変化や僅かな喜怒哀楽がある程度で、
ブリタニアに絶対に反抗しないようになっているのだから機械だと割り切ればいいのだろうと、
そう頭では分かっていてもルルーシュは心がどうしても納得しなかった。
実際、今ルルーシュとロイドが見ている強化ガラスの部屋で訓練する様も、
周りにばれないために組み込まれたカモフラージュプログラムによるものだった。
ガラスに両手を添え焦がれた表情のルルーシュは少し眉間にしわを寄せて、それで少し泣きそうなのを、ロイドは見た。
先ほどのルルーシュの「人間を使うからだ」という発言も切ない響きを持っていてロイドは居心地の悪さを感じ頭をがしがしと掻いた。
「人間がモデルじゃなかったら、殿下も機械に恋しなくてすみましたもんねぇ…」
キッとルルーシュの鋭い視線がロイドを捉えた。けれどロイドはそれを受け止めた。
薄っすらと紅潮した頬と微かに濡れた両の瞳にロイドはどうしようもなくなる。
ちょっとというか、ルルーシュが思い詰めている原因は自分にあるのだとちゃんと分かっているからこそ。
「お前は何を…!!」
「だあって、本当でしょ?だからこうして今日もここを、見てるんじゃないんですかぁ?」
そんな恋する表情で。ロイドが付け加えると、ルルーシュはぽろぽろと涙を流した。
いよいよロイドはどうすることもできなくなってわたわたと慌てる。
とりあえずポケットを漁ると皺くちゃになったハンカチが出てきたので気丈にも立ったまま涙を流すルルーシュに渡す。
けれどルルーシュはそれを受け取らず泣き続けるのだからロイドはもっとどうしていいか分からなくなった。
「…なんだよ、おまえ」
「…すみません」
「珍しく真面目に謝るな」
「だってぇ…」
ルルーシュが恋をした人型兵器の名前は枢木スザクといった。
出会いは突然。自ら歩いて視察をしていたとき、街をよく見るためにと警護の数を減らしていたのが仇となったのか、
それでも厳重な警備の間を縫って襲ってきた暴漢のナイフから身を呈して護ったのがスザクだった。
恋に落ちるには典型的なパターンだった。
けれどルルーシュはその自分を助けた相手が人型兵器だと知っていたから、最初は感謝はすれどただそれだけだった。
なのに、その枢木スザクが他と違うことにルルーシュは気づいてしまったのだ。
スザクの腹部に刺さったナイフは刃渡り20センチはあろうというもの。
それが柄しか見えないほど深く刺さったそれに、スザクは苦痛に顔を歪めたのだ。
普通の人型兵器には痛覚というものは存在していない。傷を負ったら痛がるようなプログラムが組み込まれているだけ。
なのにルルーシュには自分を庇った人型兵器であるスザクが本当に痛みを感じているとしか思えなかった。
それをたまたま同席していたロイドが額を押さえてあちゃー、と声を漏らすのを聞いて、
視察を中断して人気がないところでルルーシュはロイドに問い詰めた。
どういうことだ、あれではまるで!
「にんげん、じゃないか…」
その時と同じ、しかしどこか重みの違う言葉を発したルルーシュをただロイドは見ることしかできなかった。
ルルーシュはまだ差し出されているロイドの皺くちゃのハンカチを受け取り両目を押さえる。
ひっく、と小さくしゃくりあげる声と、強化ガラスの向こうで人型兵器の訓練する音だけが、そこに響いていた。
ロイドは良くも悪くも研究者で技術者だった。
前々から願っていた人間にしか見えない機械を作ることには成功して、さらにそれに僅かだけれども感情をつけることもできた。
けれどそれで満足はしていなかった。
上からの命令で感情を僅かにしか付けていないが、自分の理論と技術ではもっとより人間に近い機械が作れるはずだと。
それで上司にも開発機関の誰にも言わずに一人で極秘で作り上げた、それが枢木スザクだった。
問い詰められてそれをルルーシュに告げたとき、ロイドは思いっきり頬を殴られた。
お前はなんてものを作ったんだ!と。
この時のルルーシュには愛だの恋だのそんな感情は一切なかったのは明白だ。
ただこの人型兵器を嫌っている、否、罪悪感を持っているからこそだった。
そのときにロイドが言ったすみませんという謝罪も、先ほどの方がずっと重いものだった。
それからルルーシュが理由をつけてスザクを頻繁に戦地でも護衛にでも使うようになった。
そしてルルーシュのスザクを見る目が少しずつ変わっていたことにロイドは、ロイドだけが気づいていた。
人型兵器を使うとき人選をするのはロイドたちの開発機関だった。
だからロイドも表面では取り繕っていたのだろうけれど、切実にスザクを、というルルーシュの要望に応えた。
それが良いのか悪いのか分からないけれど。
「スザク君、ここにはいませんよ」
「どこ、に?」
「ほら、彼は他と違いますから…今日は僕の研究室で、ひとり、調整を受けさせてるんです」
「…そう、か」
だからロイドは、そんなルルーシュの前でわざと大袈裟に人型兵器は自分が作ったものだというのを示すことにした。
枢木スザクも含めて、彼らは機械なのだと。
言わなくていいこともルルーシュには言うし、今のようにスザクが調整していることも隠さずに言う。
それがスザクを作った自分にできることなのだと、ロイドはそう思っている。
ルルーシュもそれが分かっているから決してロイドを咎めることも見放すこともしなかった。
ロイドはロイドなりに気を使い、それでいてこれ以上自分がスザクにのめり込まないようにと、
そうしてくれているのだと分かっていたから。
けれども決して、自分がスザクと会うことを止めたり邪魔したりはしなかった。
ルルーシュは涙を拭ったハンカチを綺麗に折り自分のポケットにしまった。
それを見てロイドがそれ僕のー、と情けない声を出して、ルルーシュは赤くなった眼を細めて少し笑った。
「使ってない新しいのがあるからそれをやる。こんな、皺くちゃじゃないのをだ。」
「え〜、それって嫌味ですかぁ?」
「この俺にこんなのを渡しやがって。曲りなりにも貴族ならそれらしいのを持っておけ」
持って行ってやる。
そうしてルルーシュは背筋を伸ばすと歩き出した。今まで恋焦がれて泣いていたのが嘘のように凛とした後ろ姿。
目が赤いのは誤魔化せれないが、その姿を見る限り誰もルルーシュが不毛な恋をしているなど思えないほど皇子だった。
ロイドはその後ろ姿を見て自分も方向を己の研究室の方へと変えた。
先ほどのは分かりにくいルルーシュの、たぶん本人ですら気づいていない、スザクに会うための口実。
ならせめて自分はそれに応えるまでだと、腕時計を見てロイドはもう終っているだろうスザクの調整を少し伸ばそう、
そう決めた。
君がいれば
あなたの姿を見れればそれだけで。
俺と話をしてくれるただそれだけで。
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なんかとんでも設定の話ですね。もうこれはパラレルの域かしら。
元は拍手用に書いてたんですが思ったよりも長くなってしまったので普通にアップすることにしました。
個人的にはスザクを出せなくてちょっと物足りない気がしますがそれなりに気に入ってたり。
途中からちょっと文章の書き方が変わってる気がすると思ったらあなたは正解^^
そこを境に書いた日が違うんです。最初と辻褄を合わせるのが大変だった…(書き直せよ)
2008.06.23