朝。目覚まし時計が鳴るより先に目を覚ます。
冷たい朝の空気に身を震わせると、ふいに鼻にあったかい香りを感じた。
布団を畳んでドアを開け、僕は台所に立つその背中を後ろから抱き締めた。





















朝が苦手なはずの彼は、毎朝僕より先に起きて朝ごはんと弁当を作ってくれる。
僕はそれが無性に嬉しくて、はじめて弁当を作ってもらった日には大学の友達に自慢した。
もちろん今も自慢しているのだけれども。
そして炊き立てのご飯とあったかい味噌汁。焼きたての魚と卵焼き。
目の前に並べられた朝ごはんに手を合わせて僕は今日も嬉しさに身体を震わせた。

「おいしいよ、ルルーシュ」
「そうか。それはよかった」

朝は洋食派のルルーシュだが僕に合わせて同じメニューを食べる。
といっても明らかに量が違うのだが、低血圧な彼は朝あまり食べることができないらしかった。
つけただけのテレビをBGMに僕はルルーシュと少しの会話をしながら朝食をとるのだった。





「え?今から?」

食べ終わった食器類を洗うのは僕の役目。
洗い終わって部屋に戻るとルルーシュはベランダに出て洗濯物を干していた。

「うん。僕、今日は講義もバイトもないし。久しぶりに二人で出かける?」

一つ一つ洗濯物の皺を丁寧に伸ばしながら干していくその姿が僕は好きだった。
なんていうか、きれいだ。
バランスよく干しているとこも丁寧に衣類を扱うその手も。どこを見ても彼の性格が表れていると思う。
呼びかけられたことで振り返ったルルーシュが小首を傾げる。
無意識だろうか、その時こすり合わせた両手は赤く、すっかり寒くなった朝に干す洗濯物の辛さを知った。
うーん、と考えながらもまた洗濯物を干していくルルーシュ。
中断させないところが彼らしいと思いつつ、もうすぐ終わりそうなその様子を見て僕は彼用のあったかいコーヒーを淹れた。
台所から戻ってくると丁度干し終えた彼がベランダから室内に入ってきたところで。
僕は淹れたばかりのコーヒーを彼に渡した。

「いい」
「え?」
「俺はどこにも行かないでずっとスザクと一緒にいる」

彼のその一言で僕らの今日の予定は決定された。










それからのことはよく覚えてはいない。
ただ次の日、目を覚ますともう彼はいなかったのだ。




















「ねえ、どうしてルルーシュは僕のとこに来てくれたのかな」







いつものように目ざましが鳴る前に目を覚ました。けれど漂ってくる朝食の香りはそこにはなかった。
綺麗に片づけられた台所。皺がつかないように畳まれた前日までの洗濯物。
何も乗っていないテーブルと風でかたかたと揺れる物干しざお。

どこを見ても彼はいなかったのだ。
前日までの彼の痕跡を残し、僕の前からもう一度姿を消したのだ。


朝起きたら、いなくなってたんだ。
僕がそう言うと、大学の友人でもあり、僕とルルーシュの共通の友人でもあるリヴァルは顔を顰めて言った。
「あの日から死んだようになったお前がまた生き生きとしていて、逆に心配だったんだ」
「でも昼の弁当みてさ、ふっきれて、新しい彼女ができたんだと思ってた」

「けど一緒に住んでるって言ってたけど、お前の家にはいつもお前の服しか干してなかったし」
「あんなにあいつのこと愛してたお前がすぐ新しい彼女作るとも作れるとも思えなかった」
「それにあの弁当、いつもお前が自慢していたやつ、どうみても前のと似過ぎてたし」

「スザク、お前だれと暮らしてたんだよ」

ルルーシュに決まってるじゃないか。
僕がそう言うと、リヴァルはボロボロと涙を流して、そして僕の肩を強く掴んで何度も揺さぶった。

「しっかりしろよスザク!あいつは…ルルーシュは一ヶ月前に死んだだろ!?」





そんなこと、分かっていた。















彼のお墓に行った。
まだ新しいそれは、他の墓石よりも綺麗で、まるで生きている時の彼のように他よりも断然光っていた。
それに雑草一つなく真新しい花が供えられている。
目が見えないナナリーには出来ないだろうから、きっと頻繁に誰かしらが来て掃除しているのだろう。
みんなに愛されている。そのことを実感し、そして嫉妬した。
これからは、他の人が手入れする必要のないくらい、僕が綺麗にするんだ。
彼が死んでからというもの、一度もこの場に来たことのなかった僕はそう決意した。

僕だけが知っている彼の一番好きな花を供えて。
どうしてだろう。彼のお葬式でも泣かなかったのに(いや、泣けなかったのか)初めて涙が出てきた。



それから彼の家を訪れた。
チャイムを鳴らして僕だと告げると、ドアを開けてくれた彼女は驚きを含んだ声で僕を呼んだ。
ナナリーに会うのも、もちろん一ヵ月ぶりだった。
お久しぶりですね、と微笑まれて、うん、と勧められるままに中へと進む。
少し危なっかしい手つきでお茶を出してくれると、ナナリーの目の前に座った。
そして僕は彼女に聞いたのだ。





「ねえ、どうしてルルーシュは僕のとこに来てくれたのかな」

するとナナリーは、悪戯に笑って言った。

「お兄様にとってスザクさんが、とても大切な人だったからですよ、きっと」

そう、ナナリーは嘘も偽りもない、彼女らしい笑顔で笑ったのだ。



「リヴァルさんとかミレイさんとか、みなさんからスザクさんのこと、聞いてました」

お兄様が死んでから、スザクさんも死んだようになられたと。
笑わなくなったし、すぐにでもお兄様のあとを追ってしまいそうだったと。
でもある日から急に元気になられて。それもお兄様と暮らしている時と同じくらいに。
一緒に暮らしている人のことをお話になられて、それにその方の手作りのお弁当も持ってきているって。
私、それが嬉しくもあったんですけど、少しだけ、本当に少しだけ、悔しかったんですけどね。
だってスザクさんがすぐにお兄様以外の人を好きになって一緒に住んでるだなんて、なんか許せなくて。
でもリヴァルさんたちの話を聞いていて、もしかして、と思ってきたんです。
だってお話になることが全部、スザクさんとお兄様が一緒に住んでいるみたいでしたから。

そう言った彼女を見て、なんとなく、彼が僕のところに来てくれた理由を知った。
だって彼女はこんなにも強いのだ。
実の兄が亡くなったというのに、こんなにも強く生きている。
逆に僕はどうだろう。

溜まっていく洗濯物。使われなくなったシンク。
ろくに食事をした記憶がなく、動かなくなった身体。
このまま死んでしまうのだろうか。それもいいかもしれない。
そう思って意識を失い目を覚ました次の日、彼が僕の前に現れた。


「僕はさ、ほんと、駄目な恋人だったんだね」
「本当ですよスザクさん」

またクスリとナナリーが笑う。
その仕草に彼を見て、静かに涙がこぼれた。










あの日。
彼が僕の前に現れて、そして再び姿を消した、最後の日。

「俺はどこにも行かないでずっとスザクと一緒にいる」

その時は単純に家でごろごろと過ごしたいのだろうと思っていた。
けれど今になって、その言葉の本当の意味を知った。
そして蘇ってくる、あの日の最後の彼の言葉。

「しっかりしろよ馬鹿スザク」
「でももう俺がいなくても、大丈夫だろ?」
「お前に、ナナリーのことを頼みたいんだ」
「ああもう!俺だって、本当はずっとお前と居たいよ!」

「あいしてる、スザク」




「僕も。僕も愛してる。ルルーシュ」










僕はひかりをみた。




















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とりあえず土下座しますごめんなさい!
なにこれ!意味分かんないー!
自分が朝洗濯物を干しててあのシーンを書きたいと思ったのが始まりなんですが…なぜこんな話に。
最近薄暗い話が続いてるのでそろそろ明るいのを書きたいなぁ。



2007.11.22