日増しに美しくなっていく僕の息子。
どんどんと彼は前世の記憶の中の彼になっていく。
それが嬉しくもあって、でも、怖くもあって。
「あいしてる」
幾度となく告げそうになった思い。
自分の息子に抱いてはいけない、禁忌の思い。
分かっている。だから彼に対する愛を家族愛という偽りで包んだ。慣れていたはずだった。
いや、そうしなければと僕は必死だったのだ。
美しく成長する息子に情欲を感じずにはいられない。
愛してる、とキスをしてその白く細い身体を抱きたい。
前世のように、ふたりでじゃれあって、恋人として、幸せな時間を、築いて。
「あいしてるってば、すざく」
お願いだからそんな目で僕をみないで。
そんな泣きそうな辛そうな顔をしないで。
お願い。僕は、やっと、我慢、してる のに。
「あいしてる。きす、して。…だいて」
でも必死に築き上げてきた親子という関係を壊したいのだと。
一番に思っているのは、他でもない 僕なのだろう。
憎
む
べ
き
愛
情
の
か
た
ち
息子が10歳のときに事故に遭った。
頭を強く打ち、しばらく息子の意識は戻らないまま。
怖かった。
僕はルルーシュが死んでしまうのではないかと、そのことよりも、違う、ことが。
「あいたかった、すざく」
だってこれは僕が前世の記憶を思い出したその時と、まったく同じ状況だったのだから。
心配で、父の会社もそこそこに僕は毎日ルルーシュの病室を訪れた。
彼が事故に遭ったと会社に連絡があったとき、息が止まってしまうくらい驚いたのは確かだ。
そして、ひょっとしたらこれでルルーシュも思いだすのではないかと、そんな期待があったのも確かだった。
けれど一番は、怖かった。
ルルーシュが前世を思い出すのではないか。思い出しても僕を父親としてしか見てくれないのではないのか。
怖いのだ。
そうなったとき、抑えていた僕の醜い感情を無理矢理君に叩きつけてしまうのではないかと。
目を覚ましたルルーシュは上半身を起こし、しばらくぼーっと一点を見つめて、それから自分の両手を見た。
僕は声をかけることができず、ただただそんなルルーシュを見つめていた。
どれくらい経っただろう。ルルーシュはその両手を下ろし、一瞬、ほんの一瞬くしゃりと悲しそうに顔を歪めて、
そしてまっすぐ僕のほうを見て言ったのだ。
あいたかった、すざく と。
その時の彼の顔は幼くはあったけれど、前世で僕らが愛し合っていたとき、その時によく見せてくれていた綺麗な笑顔で、
目に涙を浮かべていた。
僕は、過大なる喜びと、そして、それと同じくらいの悲しみを、感じた。
あれほど思い出してと望んでいたが、実際ルルーシュが思い出すと、それが悪いことにしか思えなかった。
だって僕らは親子なのだ。
義理でもない、正真正銘血の繋がった、れっきとした、親子。
この親子という関係がどれだけ辛いかなんて、そんなの僕が一番分かっている。
だから、できるならルルーシュにはこんなに辛い思いはしてほしくはないのだ。
苦しむのは僕だけでいい。
前世あれだけ苦しんだ君は、今の新しい人生では幸せに、なってほしいのだ。
「意識を失ってる間に、思いだしたんだ。前世のこと」
なんのためらいもなく10歳のルルーシュは語りだした。
僕にも前世の記憶があるというのは、彼の中では絶対的な前提としてあったのだろう。
僕は、何も言えなくて下を向くことしかできなかった。
「怖かった。なんだあの世界は、と。俺は、たくさんの人を殺していた。最愛のナナリーが幸せに暮らせる、
優しい世界を望んで。仲の良かった義理の兄も妹も、関係ない人も、たくさん。」
知っている。だって、それは僕にもある記憶。
でもルルーシュの口から告げられることで、本当に前世の記憶が戻ったのだと、思わずにはいられない事実となって。
僕の息子である「ルルーシュ」の一人称は「僕」だった。
それが、僕の恋人であった「ルルーシュ」と同じ、「俺」に変わっていた。
「…怖かった。スザクを、憎まなければならなくなった、そのことが。スザクと、殺し合うことが、なによりも」
僕のことを父とは呼ばなかった。
どれだけ切望したかわからない、スザク、と 名前で僕を呼ぶ。
弾む心。痛む心。
「すき、だ。俺は生まれ変わってもスザクと愛し合いたいと、そう思って死んだ。今でもスザクを、あいし」
愛してる
そうなるはずだったであろう彼の言葉をねじ伏せて僕はルルーシュの唇を己のそれで塞いだ。
背中に腕を回されて、僕はますます深くルルーシュにキスをした。
彼が僕の子供として生まれてきてから一度も唇にキスなどしたことなかった。
それをしてしまえば、何もかもが我慢できなくなる気がしていたから。
ん、と鳥肌が立ちそうになる、そんな甘い声がルルーシュの唇から漏れて僕は唇を離して強く抱きしめた。
「どうして親子なんだよ」
そう言った彼の声は震えていた。
ぎゅっと強く握られた服が、もうただの親子に戻れないことを意味していた。
ルルーシュは人前以外では――僕とふたりのときには、決して僕を父と呼ぶことはなくなった。
スザク と、色のこもった声で、前世で彼が僕に甘えるように、恋人のように 呼ぶのだ。
あの事故から7年が経って、僕が37、ルルーシュが17になった今でも、それは変わらない。
誰もいないところでルルーシュは「息子」という仮面を脱ぎ棄てて、僕を愛するただひとりの「男」になる。
腰に腕を回して僕の胸板に頬を擦り寄せてくるその仕草は前世となんらかわらない。
恐ろしいくらい美しく成長したルルーシュから漂ってくる甘い香りは幾度となく僕の理性を破壊しようとしていた。
「…どうして、どうして、俺を抱いて、くれないん、だ?」
それでも僕はあの日以来一度もルルーシュにキスをしなかった。もちろん抱くこともしなかった。
「スザクは、もう俺のこと、好きじゃ、ないのか?」
「…ルルーシュ」
「違う、だろ?…お前は昔から感情を隠すのが、下手だった。今でも、ううん、きっと俺が思い出す前からずっと、
俺を見る目に、欲情をともしてる、くせ にっ!」
返す言葉などない。
抱きしめ返したいと心が悲鳴を上げ、両手が動こうとする。
僕はそれを止めるのに必死。
君のことは息子としか思えない、と。
僕がはっきりと言えばいいんだ。でも、嘘でもそんなことは言えなかった。
今でもルルーシュを狂おしいくらい、愛してるのだから。
きっとルルーシュはとても傷ついている。
愛しているのに、相手も愛してくれているのに、傍にいるのにそれが返ってこない。
その気持ちは僕も痛いほどよく分かるから。
「愛してる。愛してるってばスザクっ!キス、しろよ!昔みたいに、俺が呆れるくらい、抱けよっ!!」
「…僕たちは、親子、なんだよ」
「そんなの分かってるっ!そんなの分かってるから……分かってるけど、愛してる、んだ」
ルルーシュは時折、ひとりでいると自分の両手を見つめ、そして鏡の中の自分を見つめてはため息をついていた。
それはルルーシュが前世の記憶を思い出したとき、ベッドで見せた表情や行動と同じだった。
きっと決して埋まることのない年齢差を、僕より幼い自分の姿を、ルルーシュは悲しく思っているのだ。
出来ることなら僕だってキスして抱きたかった。
幾度となくその衝動を押し殺しただろう。
だって僕が彼を愛して彼が僕を愛してもその先にあるのは明るい未来などではない。
親子という変えようのない事実と親子で愛し合うという背徳感に苛まれる日々しかないのだ。
ぎゅ、と僕の腰に回る腕が背中に移った。
強く強く抱きしめられて胸が押しつぶされそうで。
僕の胸に押し付けられる顔。その場所からひんやりとした感覚が広がった。
「泣かない、で?」
「…無理。お前が、泣かせてるん、だよ」
「ごめんね」
「謝るなよぉ!…謝るくらいなら、素直に、なれ、よ!」
どれくらい時間が流れただろう。
お互いの携帯が数えきれないくらい鳴り響いては切れていた。
僕はルルーシュを抱き返す勇気もないまま、ずっと両腕を床に向けて伸ばし、そして両手に力を込めて握りしめていた。
「…俺は、生まれ変わってもスザクと愛し合いたいと、そう思いながら死んだと、前に言ったよな?」
「…うん。覚えてるよ」
ぎゅ、とシャツが握りしめられる。
そしてその腕が僕の身体からゆっくりと離れ、ルルーシュの顔が僕の胸から僕の顔に移った。
ちゅ、と
それは触れるだけのキスだった。
驚いて目を見開いて固まってしまった僕にルルーシュは涙を浮かべて、そして悲痛に微笑んで言った。
「お前に愛されないなど、このままどうしても親子としてしかお前が接してくれないなら、俺は…俺は、
生きてる意味など、ない」
ひゅ、と息が止まった。
高層ビルの最上階。ルルーシュが窓枠に手をかけた。
「来世で、また会おう。その時は、憎み合う運命じゃなく、親子という関係じゃなく、ただのルルーシュとスザクで」
やめて。やめてやめてやめて。
もう僕を待たせないで。もう僕をひとりにしないで。
「俺は来世でもお前に恋をする。何回死んでも何回生まれ変わっても。スザクを、スザクだけを、永遠に、愛してる」
そしてルルーシュは美しく微笑んだ。
飛び降りる瞬間、僕はルルーシュの身体を叩きつけるように床に押し倒し狂おしいくらいに欲した唇に深くキスをした。
彼が僕の目の前で死んでしまう。
もう一度彼を失うかもしれないと思うとそんなの耐えられるはずがなくて。
唇を離して愛してると言ってまた唇を塞ぐ。
されるがままになっていたルルーシュの腕が僕の背に回り、唇が離れた僅かな間に愛してる、と返してくれて。
ルルーシュが身につけている制服を破るように脱がせて僕は37年間欲し続けたその雪のように白い肌に唇を這わせた。
ようやく手に入れたと、僕もルルーシュも泣いて何度も何度もお互いを求め合った。
僕たちはすべてを捨てて誰も僕らが親子だということを知らないところに行くことにした。
前世のことを思い出していないナナリーは、それなのに優しく微笑んで幸せになってくださいねと言ってくれた。
きっと思い出してはいなくてもどこかで感じてくれていたのだろう。僕らはみっともなく泣いてナナリーを抱きしめた。
ルルーシュにあの時のことを聞くと、「こうでもしない限りスザクは本心を見せてくれないだろうと思ったから。
もし助けてくれなかったのなら、その時は本当に死んでもいいと思っていた」そう消えるような声で言った。
建前ばかりを並べて、そこまでルルーシュを悩ませ追い込んでいた自分がどこまでも卑怯で弱虫で情けなくて。
でもルルーシュはそんな僕を変わらず愛してくれる。なんて幸せなことなんだろう。
これからはもう憎むべき家族愛という偽りを捨てて、僕のただひとつの本当の愛を彼だけに捧ぐのだ。
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愛すべき日常のかたちの続編です。
見たいとおっしゃってくださる方もいらっしゃいましたし自分が書きたくなったので書いちゃいました。
そして早いうちに書かないと書けなくなるので(笑)
それにしてもこの上なくスザクがヘタレですね。逆にルルーシュは襲い受けちっく。積極的です。
全体的に重く暗い話になってしまいましたが、彼らの間にちゃんと愛はあります!ありすぎてたんです!
スザク最終的に37歳…まさかこんなに年の離れたスザルルを書くなんて夢にも思ってませんでした(笑)
あと自分で書いてて高層ビルの窓は人が飛び降りれるほど開かないよなーとか思ってました。
納得のいかない方もいらっしゃるかもしれませんが、一応最後に(本当に最後の最後でしたが)くっついたのでそれでよし!
ということにしてください…!
2007.10.07