「なあ、君が日本から来た子どもだろう?」
「僕はこの国の第11皇子だ」
「僕が憎いか?」
「国に帰りたいか?」


光もなにもない全ては日本が負けた時に捨ててきた僕には彼が輝いていて最初何も見えなかった。
差しのべられた小さな手から世界に鮮やかに色が広がっていって、気付いたときには僕は首を縦に振りその手を掴んでいた。


「な、僕とともだちにならないか?」








全てが憎かった、けれどどうでもよかった。
負けた日本は従属しなければならなくなったことはまだ幼いながらに分かっていたし 大人たちの難しい会話の内容もなぜその席にまだ子供でしかない自分を同席させるのかも分かっていた。 神楽耶はまだ幼かった、自分もそうだけれども彼女はそれ以上にまだ子どもでそして枢木の血より皇の血の方が大切だった、 ただそれだけだった。
ブリタニアは占領した国の主要な人物の子どもを人質として本国へと連れて行く。 表向きは友好だと言っているが他の占領国の子どもがどうなったかなんて誰も知らなかったし知ろうと思わなかった。 できなかった。それほどまでにブリタニアの力は強力だった。
ブリタニアが要求してきたのは俺か神楽耶だった。死んだ父親はその時の総理大臣で、 その上日本でも有数だった家柄である枢木の息子の俺が選ばれるのは当然と言えば当然で俺もそれを拒みはしなかった。 拒んでも無駄だということくらい分かっていたし、そう、どうでもよかったんだ。

ブリタニアの兵士が俺を迎えに来た日、その日は特に今までとなんら変わらない普通の日だった。 どうせなら雨が降っていたり台風が上陸していたり真夏なのに雪が降っていたり、 そんな普通と違っていたらもっと印象に残っていたんだと思う。 けれどその日は日本が日本であったときの一日と全く変わらなかったからこれっぽっちも印象に残ってなどいない。 そういえば蝉がいつもより静かだった気がする。そのくらいだ。 けれどブリタニアには蝉がいないからその事によりあの日を思い出すようなことはなかった。
着替えなどを詰めた鞄をブリタニアの兵士が中身を確認する、 そんなことしなくてもナイフも銃も人を殺すものなんて入れてないのにこいつら馬鹿かと思った。 だからその中には俺が死ぬための道具もなかった。
そういえば神楽耶が泣いたことを覚えている。
まだ子どもだけれども俺たちは俺たちなりに自分たちの立場と背負っているものの大きさをずっと知っていた、 だからなんで俺がブリタニアに行ってなんで神楽耶がここに残るのかそんなの全部分かっていたのだろう。 分かっていたからこそ何も言えなくて泣いたのだと俺は思う。
前夜、大人たちは一つの部屋に集まり俺に慰めという同情をかけた。 いずれ必ず助けに行く。その時はお前が先頭に立って神楽耶と共に日本を治めブリタニアからの解放を成し遂げるのだ。 絶対に、お前を助けに行く。それまで頑張ってくれ。
涙交じりにそう言った年寄りたちに止めてくれと反吐が出た。口には出さなかったが。 何が助けに行くだ。さも俺がブリタニアに行くことは本意ではないように言うんじゃない。 悲しくなどないくせに。ただ日本が自分たちが負けたことに涙を流しているくせに。
それくらい知っている。頭を下げて俺が退室した後すぐにこれから自分たちがどう生き残るかを話し合っていたことも 我儘で乱暴者で手が付けられなかった俺がいなくなることに安堵していることも 俺が素直に人質になったのを驚いていることも、 本当は内閣と六家の大人が処刑されるという条件を受け入れなかったから俺か神楽耶がブリタニアに行くことになったということも、知っていた。
神楽耶は最後まで何も言わなかった。
下手な慰めも歎きも私が代わりにということも何も言わなかった。周りの大人よりずっと大人だと思った。


ブリタニアへの飛行機の中、俺をひとり席に座らせ兵士たちは遠く離れ喋りだした。 ブリタニア語なんて分からないとでも思っていたのだろう、 確かにあいつらが話す言葉の5分の1も理解できなかったが自分が馬鹿にされていることは分かった。
捨てられた可哀想な子供。まさかブリタニアの兵士にまでそうやって馬鹿にされるとは思っていなかったが、 よく見るとその兵士たちはいわゆるナンバーズのようだった。もっと馬鹿にされた気がした。

俺にと充てられた部屋は思っていたよりもずっとましだった。 牢屋のようなところに入れられると思っていたがその部屋にはベッドもあったしちゃんと人間が生活する部屋だった。 どうしてだろうと考えて、そう言えば日本には多量のサクラダイトがあるから俺を下手に扱えないんだと気付いた。 でも部屋がいくら人間が生活するところでも常に監視されていて部屋からは出れないしこれじゃ牢屋と変わらない。 むしろどうせなら牢屋に入れるなりさっさと殺すなりしてくれればいいのにと、そう思っていた。

そんな日を繰り返していたときだった、ルルーシュが僕の目の前に現れたのは。

一目見た瞬間世界に色が広がった、なんて陳腐で安易な表現かもしれない。ただ僕にはそう表現するのが一番だった。
日にも焼けておらず僕より少し小さく白い彼の手、黄色人種でかつ初夏のころだったということもあり日に焼けた僕の手。 掴んだ手と手の色がまったく違っていたのに女の子みたいだと思ったのを覚えている。
あの時はいつものように部屋に何もすることなくただ息をしているだけの日だった。 部屋には本もあったが当然それらはブリタニア語で書かれており読めるはずもない。 出された朝食を食べそのトレーを入口近くに置いてベッドに横になり目を閉じる。思い出すのは何もなかった。
目を閉じると広がるのは真っ黒な世界とそこに立つ自分。そして聞こえる憐みと嘲笑の声。 いっそ死にたかった。 ここにいてもどうせただ意味なく生きているだけだしもし日本に戻ることができても今度は祭り上げられるだけだ。 そんな状態で生きていくなどただの恥さらしのような気がした。
ドアの向こうが騒がしくなっているのにそれから少しして気付いた。 聞こえるのは高い声が一つと低い声が三つ四つ。当然ブリタニア語だから理解なんてできなかった。 なに人の部屋の前で言い争いするんだ広いんだからもっと他の場所で言い争いなりなんなりすればいいのに。 それがその時の僕の率直な感想だった。
けれどその声はしばらくして治まった。内容は分からないがどうやら高い声の方が勝ったらしい。 そんな雰囲気だけを掴んでいると突然ドアが開いたんだ。

「な、僕とともだちにならないか?」

高い声の正体はルルーシュで言いくるめられていた低い声は僕の部屋の見張りにつかされていた兵士たちのものだった。 ドアを開けるなりにいくつかの質問をされてそして最後に彼の手と共に差しのべられた言葉に僕は寸分の迷いもなく掴んだ。 縋った。どうして言っていることが分かったのかというのはたどたどしいながらもルルーシュが日本語を喋ったからで。
僕は、その日初めて泣いた。




















ルルーシュが連れだしてくれてから僕は彼に似合うくらいの人間になろうと思って自分を変える努力をした、 けれど結局人間どんなに努力しても根本は何一つかわらないのだ。
我儘で乱暴者で素直じゃなくて自分勝手なスザクは捨てたと捨てたはずだと思っていたのに、やっぱり俺は、



僕にはいまひとつの夢がある。
それは誰にももちろんルルーシュにも言っていない夢。恥ずかしくて驚かせたくて喜んでもらいたくて内緒にしている。

「行ってきます」
「いってらっしゃい」

逃げた先で見つけた仕事。まだ17歳でしかも身元もはっきりしない僕を雇ってくれるところなんてなかった。 それでも必死に探した。だって彼がいるんだ。僕ひとりじゃない。 彼と生きていくためにも、僕の夢を叶えるためにも働かなきゃいけなかったから。
そうして見つけた仕事はいわゆる裏世界に属するようなところだった。 何件もの仕事を断られてまた新しいのを探そうとしているときにヤクザみたいなのに絡まれた。 いらいらしていたのもあってつい手加減を忘れて倒してしまったのを、どうやら気に入られたようだった。 護衛にならないか、と言われた。はっきり言ってルルーシュ以外を護るのは嫌だったが背に腹は代えられない。 それに何よりも給料がよかった。ルルーシュと生きていくためにも必要だった。
ルルーシュには仕事の内容は言えなかった。きっと彼は嫌がるだろうと思ったから。 それでもルルーシュは毎日朝ごはんを作って玄関で僕を見送ってくれた。 最初は恥ずかしがっていたけれどいってきますいってらっしゃいのキスもして。 そして帰るとルルーシュは温かい晩ごはんを作って迎えてくれる。その時もただいまおかえりのキスもしてくれる。 それから一緒にお風呂に入ってセックスをして抱き合いながら次の日を迎える。
毎日が幸せだった。今までも、騎士としてルルーシュの傍にいたときも幸せだったけれどそれとは違う幸せ。 だって僕たちふたりで掴んだ世界。ふたりだけの世界。

僕が馬鹿だったんだ。

二度、女を、彼以外を、抱いた。
一度目は向こうが誘ってきた。二度目は酒に酔っていた。
どういう経緯でそうなったのかはっきり覚えていない、というのはただの見苦しいみっともない最低な言い訳だと分かっている。 相手は仕事で護衛している男の子で年上の女だった。女の身体に興味がなかったかと聞かれれば否とは言えなかった。 だから誘われるままに女を抱いてしまったのだ。柔らかいだとかあまり解す必要がないだとか、 そんな彼と比べてしまうようなことを思ったのを今でも後悔している。
二度目はそれから数日後だった。 一度目はそのまま家に帰ったけれど二度目は帰らなかった。初めて、ルルーシュをひとりあの部屋に残してしまった。 帰れなかったのだ。二度も彼以外の人を抱いてしまった罪悪感と後ろめたさから逃げて。 けれどやっぱりルルーシュが気になって夜中にあの部屋に帰った。もう日付は変わっていた。 ぎしぎしと音を立てる階段を上り同じく酷い音を立てるドアのカギを開けてゆっくりとドアを開いた。 普通なら節約節約と言って寝るときは電気を全て消してから寝るのに玄関の小さい灯りがついていた。 二人で住むには狭い8畳1Kのアパート。玄関の灯りで薄っすらと見えた部屋でルルーシュは布団を敷いて寝ていた。 それを見て少しほっとしたけれど、隅に寄せられた小さいテーブルの上に食事が置かれていた。二人分の。
最低だ。僕はなんて最低なやつなんだ。 ルルーシュはご飯を食べずにずっと僕を待っていてくれたのだろうにそれなのに僕は。
部屋に入れなかった。入る資格なんてなかった。 それなのに皇子だったころの習慣で気配で目覚めてしまったルルーシュがおかえりと言って部屋のドアを開けてくれた。 汚い、汚い汚い汚い!僕は、彼を裏切ったのに。僕はこんなにも汚いのに。

それからルルーシュを抱けなくなった。こんな自分がルルーシュに触れる資格なんてなかった。
ルルーシュは僕が他の人を抱いたということに気づいているようだった。どこか毎日彼は上の空だった。

「あのさ、僕しばらく仕事の関係で帰りとか時間がめちゃくちゃになるんだ」
「なんで」
「なんか急に忙しくなちゃって…だから晩ご飯先食べてて。朝も、帰ってこない日があるかもしれないし」
「本当に仕事、なのか?」

そう言った時のルルーシュの顔が今でも脳裏に焼き付いて離れない。 長い間ずっと一緒にいたけれどあんな顔見るのは初めてだった。感情も何もなく瞳も濁った人形のような表情は。
その時やっぱり気付いていたんだと確信した。けれどこれは半分本当で半分嘘だった。 あの日の夜からもう絶対にルルーシュ以外を抱かないと決めていたから女のところに行くのではない。 空いた時間を利用しようとバイトを始めた。時給も良かったしそこも経歴なんて気にしなかった。 なにより早く夢をかなえたかった。 だから本当だよと告げた。すると少しだけルルーシュが微笑んでそうかと言った。 その表情は僕の言ったことを信じていないものだった。 けれどそれを責めるなんて僕にはできなかったから彼に信じてもらうしかなかった。
僕の夢をかなえることができたらその時はルルーシュはまた綺麗に笑ってくれるだろうか。
そう思って仕事に出かけた。ルルーシュは玄関で見送ってくれた。 そういえばいってきますいってらっしゃいのキスもただいまおかえりのキスもしなくなっていた。

それから本当にルルーシュのところに帰る機会が減ったけれど帰れるときは絶対に帰るようにした。 それが夜中だったり次の日の朝だったりしたけれどそれでも帰りたかった、それがエゴで自己満足であったとしても。 そして帰る度にテーブルの上に僕の分のちゃんとご飯が作られていて僕はそれを見る度泣きそうになった。
初めての給料日。現金で直接貰ったそれをルルーシュに渡すと彼は封筒の厚さに驚いていた。 忙しいから給料もいいんだ、というとルルーシュが少し笑った。 僕はそれが嬉しくてルルーシュに信じてもらえるようにルルーシュが笑えるようにこれからはしっかりしようと心に決めた。

そう思った日の次の日だった。
僕は気がついたら京都六家と当時の内閣の顔が連なるそこに連れてこられていた。
久し振りに見る顔は記憶のそれよりずっと老けこんでいた。 桐原卿を中心に座っていてそしてその一番奥の簾の向こうに神楽耶がいた。目は誰とも合わさなかった。
どういう経緯で僕がこの地にいることがばれたのだろう、そう思っていたらそれは向こうから告げられた。 どうやら僕が働いていたところは六家直下の組織だったらしい、日本人ばかりのそこだったのだ、 それくらいの可能性を考えていなかった自分の愚かさを恨んだ。

「よくブリタニアから逃げてきたな」
「…何の用です」
「六家は様々なレジスタンスを支援してきた。率直に言う。 スザク、神楽耶と共にレジスタンスを纏めブリタニアに戦争をしかけよう」

お前が必要だ。そう言って手を伸ばされた。



六家は断った僕を拘束し閉じ込めた。気が変わるまで待つと、つまり応じるまでは拘束を解くつもりはないと。 どうして僕にここまで固執するのかわからない。最後の総理大臣の息子で枢木の生き残りで皇のいとこ。 ただそれだけで残った日本人にとっては希望になるということは分かってたがそれなら最初から捨てなければいいではないか。 そう思ったとしても当然じゃないかと思う。
それに僕はもう大切な人を手に入れたしこれから温かい世界を作っていくのだ。 それを壊してまで今更戻りたくもない、というより捨てられたあの時から一度も戻りたいと思ったことはなかったけれど。
そんなことより早くここを抜け出さなければ。
今日の朝ルルーシュにはいつもより早く帰ると告げている。そう言った日にはルルーシュは絶対にご飯を食べずに待ってくれる。 それに、それに昨日心に決めたのに。ルルーシュに信じてもらえるようにって。
拘束具は思ったよりも頑丈にできているようでいくら力を入れても外れなかった。 それでも関節を外せばどうにかなりそうだ。だが問題はこの部屋だ。正面は二重の鉄の檻で囲まれそこには見張りもいる。 薄暗い部屋の中にはベッドがひとつあるだけで唯一かろうじて光を入れる窓は高いところに一つ。 登ろうにも凹凸のない平らな壁はそれを許さないだろう。囚人が入れられるそこと同じような作りだった。
これじゃあ厄介者だった僕にブリタニアが最初にあてた部屋の方が何倍も人間らしい。 どこが俺が必要なんだよと思わず毒づいた。


「お久しぶりです、スザク」
「…神楽耶か?」
「ええ」

拘束されて三日目の夜
見張りに離れるように言う高い声が聞こえて、そしてすぐにがしゃんと鍵の外れる音が響いた。 何の用だと顔を上げると、そこにいたのは自分と同じ緑の目をした少女だった。彼女はにっこりと笑った。

「私たちの元に戻る気は?」
「ない」

目の前まで来て座りそう訪ねられた。あの時何も言わなかった神楽耶に言われてなんだか少し悲しかった。 周りの大人とは違うと思っていたのに彼女も同じことを言うのか。
そう言ってやろうと顔を上げると、神楽耶は予想に反してですよね、と僕に同意した。

「勝手ですよね大人たちは。スザクをあの時見捨てておきながら今になって帰って来いだなんて」
「…は?」
「昔からそういうところが嫌いなんです、六家って。私たちがまだ子どもだったから何も知らないとでも思ってたのでしょうか。 全く、私にもスザクにも失礼な話ですわ」
「えっと、神楽耶?」

いきなり怒りだしたいとこに動じてしまった。神楽耶と名前を呼んでも彼女は一人文句を言い続けている。
神楽耶は、変わっていなかった。
今度はなんか嬉しくなった。

「ねえスザク」
「なに?」
「私、あなたが生きていて本当に嬉しいんですの。戻ってきてくれるともっと嬉しい!」
「……」
「けれど、あなた大切な人を見つけたんじゃないかしら?」
「え!?」
「分かりますわよそのくらい。だってあなた、最後に会ったときと全然違う。目が生き生きとしてますから」

早く戻ってあげてください。
そう言って神楽耶はまたにっこりと微笑んで僕の拘束を解いた。







走った。ただひたすらに走った。
神楽耶に教えてもらった通りに進むと最初は知らなかった道も一度通った道、 ルルーシュと二人で逃げたあのときの道に出た。 時間は分からないが空は真っ暗で家の電気もほとんど点いていない。人が寝静まる深夜の時間ということだけは分かった。
今からなら夜が明けるころにはアパートに戻れるかもしれない。
そんな予感を胸に早くルルーシュに会いたいとそれだけを思って走った。
彼と二人で逃げたときは辛さを感じなかった道も、一人では寂しくて怖かった。
足に纏わりつく積った雪が鬱陶しかった。

薄っすらと夜が明け始める。
あの時と同じような空に向かって僕はまた走っていた。あの時のあの空は今でも覚えている。きっと一生忘れることはない。 ルルーシュと二人で生きることに希望と夢と期待を抱いていてあの空は輝いていた。 それなのにいま見ている朝日にはなぜだかそれらは感じなかった。ただ、体中を恐怖という二文字が這いまわった。
なにか凄く嫌な予感がする。これ以上もたもたしていてはいけない。
朝日に目を奪われ止まっていた足を再び動かした。

夜が明けてぽつりぽつりと人影が見え始めたその頃、ようやく見慣れた景色に変わった。 あと少し、あと少しでアパートに帰れる。
帰ったらルルーシュを抱きしめて謝ろう。 全部話してごめんなさいって、それでもし彼が許してくれるのならまた二人で生きて。
遠くに自分たちの城が小さく見えてスピードを上げた。
隣をけたたましくサイレンを響かせ救急車が通った。 それを不安げに見る青とオレンジの髪の男女を見たけれど気にはならなかった。 この時僕は自分のアパートの近くから動き出したそれにもう少し気を払っておけばよかったのだろうか。

「ルルーシュっ!!」

鍵のことを忘れて捻ったドアは酷い音を立てて開いた。

「……ルルー、シュ?」

靴を脱ぎ棄てるように急いで部屋に続く扉を開けるとそこには誰もいなかった。
風呂とトイレを見てそれから部屋を見て彼のコートが無くなっていることに気づいた。 震える体を抱きしめて玄関に行くと、そこにあったのは乱雑に広がる脱いだばかりの自分の靴ただひとつだった。

「ルルーシュ……」

畳まれた布団は部屋の隅に寄せられ、小さなテーブルの上にはラップの掛けられた朝食が用意されていた。



やっぱり俺は、なんらひとつ変わっていなかった。







最初に手を差し出したのはルルーシュだった。僕はそれを掴んだ。
今度は僕がルルーシュに手を差し出した。ルルーシュはそれを掴んでくれた。

ルルーシュが僕に手を差し出してくれたのは10歳のときだった。
僕はそれを迷わずに掴んだ。それから彼の友だちになるのに時間なんてかからなかった。
そういえば一度、彼にどうしてあの日僕をあの部屋から連れ出してくれたのか聞いたことだある。
ルルーシュは、たぶんお前が異国から来た人間だったからだと思うと言った。 じゃあ今までもそう言うことがあったのかと聞くと彼は否と答えた。
ルルーシュは知らない。その答えにどれだけ僕の心が弾んだかを。 だってそうじゃないか。属国から連れてこられたのは僕一人じゃない。他国の子供もたくさんいた。 その中で僕を、僕を選んでくれたのだ。偶然なんかじゃないきっとこれは必然なんだって。



ルルーシュの騎士になったのは15歳のときだった。
まだ15という年齢にして宰相の副官となったルルーシュは騎士を持つことになり、彼はそれに僕を選んでくれた。

「スザク、今日からお前は俺の騎士になるんだ」
「うん、ありがとう、ルルーシュ…殿下」
「馬鹿、取り繕ったように殿下なんて言うな、くすぐったい」
「でもさ、」
「ふたりのとき以外だけ、殿下ってつければいいから」
「うん、ルルーシュ」
「…それにしてもお前、服に着せられてるって感じだな」
「ひどっ!…まあ、自分でも思わないわけじゃないんだけどね」
「これから、これから似合うようになればいい。ずっとそれを着ていくんだから」
「!そうだね、僕は絶対ルルーシュから離れないから」



初めてルルーシュとセックスをしたのは16歳のときだった。
僕もルルーシュもお互いそれが初めてで四苦八苦していた。
「すざく、しあわせ」
上手くなんてできなくて体は震えていて、なのにやっと繋がったときルルーシュは涙を流しながらそう言ってくれた。
僕はその言葉がとても嬉しくて彼と繋がれた喜びが大きくて僕はみっともなく泣いていた。

「ぼくも、」
「ばか、なに、泣いてるんだ、」
「ルル、シュ、だって、泣いてる」
「それは、おまえが、下手だったから、で」
「だって、初めて、なんだもん」
「おれだ、って」
「ね、もっと、ちゃんと、じょうずになるから、だから、ね、」
「だから…?」
「ルルーシュ、まいにち、えっち、しよ?」
「っ、ばか!」







ルルーシュがどうなったかは彼を探して走り回っていたとき街中のテレビで知った。
そこには皇族服を着て微笑んで手を振るルルーシュがいた。 療養中でしたと告げ痩せた頬とぶかぶかの皇族服を着て、彼は皇子に戻っていた。

テレビで彼を見てから僕は前よりも仕事に専念した、さすがに六家直下のそこでは働けなかったから新しいところを探して。 我武者羅に働いて早くお金を貯めようと思って、そして何より何かに集中していなければ気が狂いそうになった。
もう一度彼を迎えに行く勇気はなかった。 六家に拉致されたといっても彼を残して消えていた僕を恨んでいるかもしれないし今度は彼に拒絶されるかもしれない。 ルルーシュに拒絶されたら僕は生きていけないと思って、 でもルルーシュがいないのに生きている意味なんてないことにすぐに気づいた。 それなのに今もこうして働いて生きて夢を叶えようと躍起になっている僕はとんでもなく愚かでそして自惚れている。
僕と逃げる前のように副官として仕事をするルルーシュの姿を久しぶりに見た、 けれど僕は彼の隣ではなく路上でブラウン管越しに見ることしかできなくなっていた。

(ねえ、ルルーシュ)

人通りの多いそこでじっと立ち止まる僕を疎ましそうに人々が睨みながら避けていく。 それでも僕はここで立ち止まり彼を見る。 記憶より痩せていて今にも倒れそうなのを隠して気丈に公務をこなす彼は以前の姿によく似ていた。

(サイズなんて知らないから君を思い出して選んだんだけど)

彼の隣にはもう誰かが立っているのだろうか。 もう騎士でもなんでもない僕にそれを知ることはできないし騎士のいない彼に新しい騎士がついていてもなんら可笑しくない。 それなのに自分で彼に返したのにその騎士の座に僕ではない誰かがいるのかもしれないと考えると酷く苛立った。 そんな自分がすごく嫌だった。
もし僕の夢が叶ったそのとき僕は再び彼を迎えに行くことができるのだろうか。
そう思っていたけれどルルーシュを失ってから約3ヶ月経った今、 半月前の給料日に僕の夢は叶っていたけれどそれでも僕は彼を迎えに行けなかった。拒絶されるのが怖かった。

(本当はこれを渡すときに一緒に言おうと思ってたんだけど)



ルルーシュは僕の神様だった、何もない僕にとって唯一の存在で彼だけは僕を認めてくれていた。 でも彼には僕だけではなかったからあの城から連れ出した。 僕には君しかいないと言った僕に俺もと言ってそして僕の手を掴んでくれたとき、 僕がどんなに嬉しかったのかきっと君は知らない。

(好きだって愛してるって、一度君に言っておきたかった)

泣きそうになってそれを必死に我慢してそれに泣く資格なんてなくて、 渡せないことは分かっていて手に入れた指輪をポケットにつっこんだ。




















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騎士皇子第二部スザク視点
言葉に出さない表すことができない、子どもの時に捨てられたのが原因で卑屈で自分に自信が持てないスザク。

スザクの一人称が僕と俺がありますが誤表記ではありません。
うまく説明できませんが実はあたしの中では結構重要だったりします。
ちなみにスザクの夢というのは指輪を買うことです。 買ってルルーシュに告白するのが夢だったんです、と伝わらない可能性が高いので補足。
書かないと伝わらないってどうよあたし^p^しかし庭籠のあと一気に書いておけばよかったと少し後悔。



2008.07.13