手を離さないで





同じクラスの誰と隣のクラスの誰とが付き合い始めたんだってさ。
そんな話題を持ちかけてきたのはリヴァルだった。でもあんまりにも興味がなかったからその二人の名前なんて覚えていない。 片方は同じクラスだというのに。
それでさ、とリヴァルが言う。
最近増えたと思わね?いいなあ、俺も。俺も、会長と…。
拗ねたように頬を膨らませたリヴァルは机にべたりと張りつく。
その視線は一点を見ていて、その視線をたどると楽しそうに話す1組の男女。それで先ほどの二人の名前が分かった。
言われてみて、そういえば最近やけに付き合い始めたやつらが増えたなと思う。
クラス内でも意識してみれば何組かいるような気がした。

「で、ルルーシュは?」
「なにがだ」
「今の流れじゃ分かるっしょ!彼女だよかーのーじょー!」
「…ああ」

興味がないから、と切り捨てるとそんなの嘘でしょ!と詰め寄られて、それを片手でしっしと追い払う。
この年で興味ないってやばいってそれ、とあんまり騒ぐものだから無駄に目立ってしまいとりあえずリヴァルの頭を叩いた。
なあなあと詰め寄るリヴァルがあんまり面倒だから、つい口が滑ってしまった。

「……最近、会ってないな」
「へ?」
「だから、質問の答え。最近会ってないって」

えー!ルルーシュの裏切りものぉぉ!!とリヴァルが騒いで、話しを聞いていたのだろう、 他のクラスメイトも興味津津といったように集まってきて、 もっと面倒なことになったとそこから逃げるように教室を立ち去った。








屋上のドアを開くと、気持ちのいい風が吹いていて思わず目を細める。
途中で授業が始まったから、もちろんそこには誰一人としておらず、それが気持ち良かった。
フェンスに寄りかかり、さっきのこととそれからこれからのことを思うとついため息がこぼれる。
空を見上げると思ったより眩しくて腕で太陽を隠した。

彼女に興味がないのは本当だ。
だって、自分にはスザクという付き合っている相手がいるのだから。
わざわざ「彼女」を訂正するのも面倒だし、むしろ訂正したほうが面倒そうだからそのままに放置してみた。
どうせスザクと付き合っているのを知っているのはナナリーだけだし、彼女以外に知らせる気も特になかった。

ずるずると体を下に滑らせる。
座り込んでそのまま屋上の床に横になる。
絶対制服汚れたけど、どうでもいい気がした。

(彼女、ね…)

彼女いないの、というリヴァルの言葉に、実は少しだけ胸がちくりとした。
当然のように聞かれたそれは、普通で考えたら当たり前なのだろうけれど。

(付き合いだしたというクラスのやつも)

(教室を見たときに見つけた数組のカップルも)

(リヴァルも)

やっぱり好きになるのは異性だよな。
この言葉は口に出ていた。








ルルーシュ、ルルーシュ、と体を揺すられて目を開けると、逆光でうまく見えないが、数日ぶりに会う恋人がいた。
どうやらあのまま寝てしまったらしい。
スザクだ、と思ったけれど寝起きの目に直射日光は厳し過ぎてすぐに目を閉じてしまった。

「こら」
「…まぶしい」
「当たり前だよ。こんなところで寝ちゃうから」

ほら、と背中の下に手を入れられて無理やり体を起こされる。
しょうがないからじわりと目を開けると、思いのほか至近距離にスザクの顔があって反射的に目を閉じると、 ちゅと音を立てて唇に軽くキスをされた。

「おはよ」
「…おはよ」

スザクがにこりと微笑んで、胸がちくりと痛んだ。
だって、そうじゃないか。やっぱり、誰でもそうにちがいない。

「…どうかした?」
「いや」

先ほどのことを思い出してしまう。
教室はどうなっているのだろう。というか今何時だろう。

「もう4時間目だよ。いつからここにいるの?」
「…さあ」

心を読んだかのようなタイミングで告げられた時間に、ずいぶん寝てしまっていたことに内心驚いた。
少し汗をかいているようで、前髪が額に張り付いている。
じゃまだと思ってどけようとすると、すかさずスザクがそれをどかしてくれた。

「ランペルージさんには彼女がいるんですねー。僕初耳だなぁー」
「…なんだそれ」
「ってさっき教室に行ったら騒いでたよ。入った途端リヴァルに知らないか詰め寄られちゃった」
「…ああ、やっぱりまだ騒いでるのか」

暇な奴らだと思っているとスザクに両頬を引っ張られる。
かなり痛い。
こら、とスザクが頬を膨らませ、けれど笑っていた。

「ルルーシュには彼女がいるんですねー。あれー僕はー?」
「笑いながら言うな」
「だってさ、ありえないじゃん」
「…その自信はどこからくるんだよ」

でも本当だろ?とスザクが笑って言うから何となく悔しくてくるくるの頭をパチンと叩いてやった。
痛い痛いと言うその顔がまた笑っていて、憎たらしいったらありゃしない。

「ね、なんでルルーシュに彼女がいるって話になってるの?まさか本当に?」
「ばか。彼女はいるのかとリヴァルがしつこく聞いてくるから、最近会ってないなと言っただけだ」
「それってさ」
「お前のことに決まってるだろ」
「じゃあなんであんな騒ぎになってるの?」
「面倒だったから彼女のところを否定しなかったら、あんな騒ぎになった。…肯定もしてないんだがな」
「ああそれで」

納得、とスザク笑った。
そしてそのままぎゅっと抱きついてきて、久しぶりのスザクの腕のなかに収まる。
犬のようにスザクがもぞもぞと顔を動かして、髪の毛が頬や首をかすめてくすぐったい。

「ルルーシュ補給ー」
「なんだそれ」
「だってもう何日も会ってなかったじゃん。もう僕ルルーシュが切れて倒れるかと思った」
「会えなかったのはお前のせいだろ」
「……まあ、そう、ですが」

ごめんね、と申し訳なさそうに言うスザクが、またキスをしてきた。
先ほどとは違い口内を食らいつくすようなそれに、久しぶりのそれにいつもよりドキドキする。
それから何回もキスを繰り返して、なんだかそんな気分になって、 スザクに起こされた屋上のそこに彼によって再び背をつけた。

目の前には微笑むスザク。
正直、男の俺から見てもスザクはかっこいいと思う。
童顔のそれに似合う笑みにはいつも心を掴まれるし、時折みせる男らしい表情には息が止まるほど見惚れてしまう。
ふわふわの髪は触ると期待を裏切らないほど気持ちいい。
軍隊に所属しているだけあって均整のとれた体。
力強く飛び抜けた運動神経には悔しいけれど惚れぼれしてしまう。
外見だけじゃなく、性格も優しいし、けれどそれだけじゃなくて怒るときはしっかりと怒る、そんな人で。
誰にでも親切にするところには少々嫉妬を覚えるけれど、でもそんなくせにスザクはとても嫉妬深い。
温かい。スザクと一緒にいると、心が落ち着く。

だからこそ分からないのだ。
どうして俺なんだろう。
学校ではイレブンと蔑まれているけれど、実は女子の間で人気があることくらい知っていた。
当然だ。惚れた腫れたを抜きにしても、男の俺からみても十分魅力的なんだ。
そんなスザクを、年頃の女子が放っておくはずがないじゃないか。
それに軍にだって女がいるはずだ。
なのにどうして俺を選んだんだろう。

リヴァルに、当たり前のように「彼女」はいるのかと聞かれて、やっぱりそれが普通なのだと不意に感じてしまった。
俺は付き合うのももちろん、キスもその先も全部スザクが最初だった。
けれどスザクは違う。
女々しくそれを責める気なんてなかったのだけれども。

(スザクがどんな女と付き合ってきて、何人の女を愛したのかなんて、知りたくもないけれど)

男は君が初めてなんだ、と初めてのときにスザクは照れながら言った。
それまでに抱いてきたのは間違いなく女。
柔らかな体は拒むことなくスザクを受け入れるだろう。
その甘い香りと声でもってスザクを愛し、彼の子を孕むことのできる、その身体でスザクを。

今まで考えたことなんてなかったことに、屋上に来てから気付いた。
それほど、俺にとってスザクと付き合っていることは当たり前のことになっていたのだ。

「…ちょっと、何考えてるの?」

俺の制服を乱しながら首筋に顔を埋めていたスザクが、不満気に声を上げたことで、 そういえば今そんな雰囲気だったことを思い出した。
少ししたから睨む、まではいかないけれどそんな感じで見上げて来るスザクの表情が、一瞬にして変わった。

「え、ちょ、どどどうしたの?嫌だった?」
「なにが」
「何がって、だって君、泣いてるじゃないか!!」

言われて、え、と目元を触ると濡れていた。
本当だ、と自覚すると、なぜか一気に視界が歪む。
スザクがぼやけて見えなくなってしまった。

「ちょ、本当にどうしたのさ!…何か、あった?」
「…わからない」
「わからないって、ね、いやだった?ぼく、なにかした?」
「…ちが、う、おまえじゃ、なくて、」

そうか。嫌なのは、自分自身みたいだ。




クラスの男子に彼女ができて、リヴァルに彼女はいるのかと聞かれて、今まで隠していた不安が一気にあふれ出てしまった。
スザクと付き合って常に幸せと背中合わせだったそれを、わざと気付かないようにしていたのだと、 さっき気付いてしまった。
涙が止まらなくて、泣いてる顔をスザクに見られたくなくて、力いっぱいスザクを引き寄せてその胸に顔を押し当てた。
すると優しく背中を撫でられて、もっと涙が止まらなくなった。

やっと涙が止まって、自信がないんだ、と思わずスザクにこぼしていた。

「だってそうじゃないか。俺の身体なんて、硬いばっかりで全然気持ちよくないだろ」

「あれだって、お前はいっつも慣らすの大変そうだし、」

「それに、俺は男だし、彼女じゃ、ないし」

「女じゃ、ないし」

一度零れた弱音は止めようと思っても全然止まらなくてどうしようかと思った。
だって、こんな女々しいこと言ったら、スザクに嫌われてしまうかもしれない。
やっと止まったと思っていた涙もまた、流れてくる始末だし。

「君って、本当に馬鹿だよね」

はあ、という溜息の後に聞こえた言葉に、びくりと身体が縮こまる。
ああやっぱり嫌われてしまった、と思いまた涙が止まらなくなると、前から優しく、抱きしめられた。

「頭はいいのに、こういう変なところで抜けてるというかなんというかさあ…まあ、そういうところも可愛いんだけど」

わしわしと髪をかき混ぜるみたいにされて、それからぐんとスザクの顔が近づいてきた。
あのね、と少し怒ったような笑ったような、顔をした。

「ルルーシュは僕のことどう思ってる?」
「…すき」
「ありがと。それって、なんで?」
「なんでって、」
「僕もルルーシュのこと好きだよ。というかもう離したくないくらい愛してる!」
「…あり、がと」
「で、もちろんそれはルルーシュが男だからとか女だからとか、そういうの全然関係なくて!」
「あ、」
「ルルーシュがルルーシュだからこんなにも好きでどうしよもないの、僕は!!」

ルルーシュは違う?
真剣に瞳を覗き込むように言われて、その眼が凄く綺麗で、なんだかそれを見ていたらまた泣きそうになって。

「違う…わけ、ない。俺も、俺もスザクがスザクだから、男とか女のとか関係なく、好きだ」

スザクがへにゃりと、俺が一番大好きな顔で笑った。







「僕だって不安に決まってるじゃない」

向いあったスザクは、唇をとがらせながらそう言った。

「だってさ、君すっごく綺麗だし優しいし、ていうかみんなからすっごい人気だしさ」
「…そうか?」
「そうだよ!だから僕、本当に教室でルルーシュに彼女が、って言われたとき心臓が止まるかと思ったよ」

信じてたけどね、とスザクが笑い、つられて俺も微笑んだ。
ぎゅっと繋いだ手が、気持ちいい。
もう離したくないと、ずっとこのままがいいと思ってしまう。

「それにしてもリヴァル、余計なことというか自分が報われないからってさ」
「おいおい、そこまで言うなよ」
「教室に戻ってみてよ。絶対またクラス中の質問攻めに合うよ、ルルーシュ」
「…それは嫌だな」

自分が出て行ったときの様子を思い出してしまった。
それにスザクが教室に行ったときもまだ騒いでいたというし、この騒ぐのが好きな学園のことだ、 治まっているのを期待する方が間違っている。
そんな騒動に巻き込まれるのは嫌だし、もちろん自分がそれの中心になっているのなんてもっと嫌だ。

「そうだ!もういっそ、みんなに言っちゃう?」
「なにを?」
「僕とルルーシュが付き合ってます、ってこと」

これって一石二鳥じゃない?と何をどうとらえればそうなるのか、スザクがはしゃぐ。
恥ずかしい、というか照れくさいから今まで誰にも言わなかったのに。

「……それも、いいかもしれないな」

口からは自然とそんな言葉が出ていた。
みんなにそう言うことでスザクを狙っていた女子が減るかもしれないと、そう思うと照れくさいとかどうでもよくなった。
それに、スザクと繋いだ手がどうしようもなく嬉しくて温かくて、もう絶対にこのまま離したくないと思ったんだ。

「お前は俺のものなんだと、みんなに自慢してやろう」

俺はお前の言うとおり馬鹿だから、これからも自分と女子とを比べて劣等感を感じて落ち込むことがあるかもしれない。
スザクを困らせてしまうこともいっぱいあると思う。
だけど、俺はお前のことがどうしようもなく好きで大切なんだから、 スザク、お前もそう思うなら、どうかこの繋いだ手は離さないでほしい。
そうしたら、きっとどんなことがあっても、胸を張ってスザクの隣にいれるから。




















−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
不安になるルルーシュとかっこいいスザクで甘めな話を目指してみました。
でもスザクかっこよくないし、そんなに甘くなってないですね!まあしょうがない。



2008.06.12