初めて人を殺したのは十四のときだった。
『たぁだ今よりぃ、第1回、アッシュフォード学園、あの子を探せ!大会をはぁっじめまぁっす!!』
キンと響くような大音量の生徒会長の声と軽快な音楽が、そしてそのすぐ後に雄叫びにもとれる歓声が学園内に響いた。
ミレイの隣にいたルルーシュはその音声に微かに眉を顰める。毎度のことながらこのテンションには付いていけない。
付いていこうとも思わないのだが、でも嫌いではないのは確かだ。
ルルーシュは未だにイェイイェイと騒いでいるミレイから自分の役目を果たすためマイクを取り上げた。
「知っていると思うがルールを説明する。今日のHRで一人にひとつ封筒が配られたはずだ。
まだ開封するなと言っていたから開けてなどいないと思うが、この放送から5分後に開始の合図を鳴らす。
その時に開封し、中の紙に書いてあるものと同じ内容の紙を持っている生徒を探し出せ。
紙に数字が書いていると思うが、それは自分を含む同じ紙を持っている人の数だ。参考にしてくれ。
尚それは異学年には及ばない。全員揃ったらホールに来るんだ。
各学年上位3チームにはそれなりの商品を用意しているからまあ頑張ってくれ。以上」
「はいはいつけ加えまーす!
ちなみにこれにはこの私、ミレイ・アッシュフォードとニーナ・アインシュタイン以外の生徒会役員も参加しまぁす。
一・三年生には申し訳ないけれど二年生はお目当ての生徒会役員とお近づきになれるかもよぉ!
あ、でも他学年も気になるあの人と接近できるチャンスかもね。片思いのみんなは頑張ってねん!」
再び雄叫びが聞こえてブツリと放送を終えた。
マイクを奪われ唖然とするルルーシュの方をくるりと振り向くとミレイはにやりと笑って一つの封筒を渡した。
「はい、これがルルーシュの封筒よ」
「…俺は不参加だという話じゃなかったですか、会長」
「まっさか!こーんな楽しいイベントに我らが副会長が不参加なわけないでしょう。
先に言うとルルちゃん絶対来ないと思ってさ、今まで黙っちゃってたの」
「…どうせ、嫌だと言っても無理なんでしょう」
「当然よ!ルルちゃんが参加しないと同じ紙を持ってる人が優勝できないじゃない。ちゃーんと参加しなさいよ!」
「…これの中身は?」
「さあ、私も知らないわ。適当に配ったからね」
はい行った行った!と背中を押されて嫌々放送室を追い出されると、苦笑いをしたスザクに出迎えられた。
その視線がルルーシュの手の中にあるものに移るとやっぱりね、とさらに苦笑いを深くした。
「ルルーシュも参加?」
「しろってさ。まったく…面倒なことに巻き込んで」
ゆっくりとした歩調で二人は肩をならべながら教室の方へと進みだした。
どうせ5分後には誰もが移動を始め教室などという括りは関係なくなるのだが、
始まりはみんな教室で待機しているからとそれに合わせようかというのがルルーシュの考えだった。
何も言っていはいないがスザクも分かっているのだろう。
面倒くさがりながらもちゃんと参加するルルーシュに苦笑を噛み殺しながらスザクは自分の封筒を内ポケットから取り出した。
「なんて書いてあるんだろね、これ」
「俺が見た限りではくだらないことばかりだったぞ。『網タイツバニーちゃん20人』とか『眼鏡っこ萌17人』とか」
「…うっわあ。それメンバー探すとき恥ずかしいね…」
「内容を考えたのは会長だからな。俺はグループ数と人数を考えただけだから」
つい体育会系マッチョなお兄さんが「網タイツバニーちゃんいませんか」と探している姿を想像してしまったスザクは思わず顔を歪めた。
それも20人全員がマッチョなお兄さん。もちろん網タイツバニーちゃんな格好をしているわけではないとはいえ、なんとなく嫌である。
スザクは自分の想像力のよさに少しだけ気分が悪くなって口元を手で覆った。
そんなスザクには気付かずにルルーシュは先ほどミレイから渡された封筒を右の親指と人差し指で摘まんでひらひらさせる。
時折溜息をついてはいるが一応参加する気はあるのだ。
「でさ、ルルーシュって会長さんのイベント、嫌がりながらもちゃんと参加するよね。なんで?」
「上に立つ者の面倒臭さは重々承知だからな。優秀な部下がいなければトップはとんだ苦労を強いられる。
異を唱えることしかできない無能な部下しかいなければ組織は機能しない」
「それは体験談?」
わざと過剰な手の振りや声の抑揚で揶揄するようにルルーシュが言った。
笑いを殺すこともせずスザクが問うと、数歩前に進んでいたルルーシュはくるりと振り返りもちろんだ、と含み笑いをしながら答えた。
『5分経過!はーいはっじめぇ!!』
再び会長のキンとした声が響くと校舎全体の空気がざわめき始めた。
まだ教室には付いていない。
元より放送室から教室までそれなりの距離がある上にゆっくりと歩いていたのだから当然かもしれない。
ルルーシュは放送が終わると同時に封筒の上部からびりりと音を立てて破いた。
中から一枚の白い紙を取り出して内容を確認すると口角を釣り上げて声に出して笑った。
「見てみろスザク。狙ったかのように俺にぴったりだと思わないか?」
スザクは差し出されたそれを見て驚きで微かに目を大きくさせた後、ルルーシュと同様に、けれど声はださずに口角をあげた。
そしてお前はなんだったのかと催促してくるルルーシュに答えるべく些か乱暴に封筒を破り中の紙を取り出すと、
今度は声に出して笑ったのはスザクだった。
「ああ、本当に最高!僕も、僕も狙ったみたいにぴったりだよ!」
スザクはその紙をルルーシュの目の前に突き付けて少ししたあと、
とてもおもしろいことがあったかのように上体を反らせてルルーシュが笑った。
「ああ本当にぴったりだな。二人そろってまさかこれとは!」
「あ、おっかえり!放送御苦労さまルルーシュ!」
それから程なくして教室に着いた二人を迎えたのはリヴァルとシャーリーだった。
リヴァルはというと企画の段階から学年別のイベントと聞いて肩を落としていたが始まれば楽しそうだ。
まだ始まったばかりだからみんな教室内に同じ紙を持った人がいないか探しているのだろう。
たどり着くまでに廊下に出ている人はほとんどいなかったし、現にこのクラスにもほぼ全員が残っていて声を出して確認しあっていた。
ルルーシュはその様子を見ながら自分の席に腰を下ろす。スザクもルルーシュの前の席に勝手に座った。
「ね、ルルとスザクくんはなんだった?」
「シャーリーは?」
「あたしは『網タイツバニーちゃん20人』。20人もだよー多いよねえ」
「そうか?そのくらいが妥当じゃないか?20人だったらクラス内にあと1人くらいいる可能性はある。
最初少人数で集まってそれから隣のクラスに声をかけて、それを繰り返せば案外20人なんてすぐにみつかるだろ。
各学年何人いると思う。逆に2,3人の方が見つからなくて面倒だ」
「そう言われれば…そうかも。あたしもう1人見つけたし。それで、ルルたちはなんだったの?」
気になっていた『網タイツバニーちゃん』が女の子でよかったとスザクは内心ほっと息をついた。
これで全員マッチョお兄さんという悲劇はなくなったのだ。
そんなスザクの気持は露知らず、ルルーシュの論理になんとなく納得したシャーリーは、
やっぱり好きな人が何を持っているのかは気になるところだ。
もう一度教えてもらおうと問うと、今度はもう一人のほうから答えが返ってきた。
「僕たちはパス」
「パス?」
「だって、ほら」
スザクはぺろりと自分のとルルーシュのとをシャーリーとリヴァルの前に差し出した。
え?と目を丸くさせ覗き込んだ2人は、すぐにえー!と今度は非難じみた声を上げた。
「偶然一緒だったんだよ。だから開始と当時にメンバー揃ったことになってさ」
「じゃあお前たちが優勝かよ!」
「うん、だからそれじゃせっかくのイベントも面白くないだろ?だから僕とルルーシュは不参加ってことに」
「会長も文句は言わないだろ。せっかくだからホールに行って会長とニーナの手伝いでもすることにするよ」
それならしょうがないか、と残念そうに言うシャーリーとずるいと不満を零すリヴァルに適当に挨拶を返し、
座ったばかりのいすから立ち上がり教室を後にした。
人を殺すことに躊躇いはなかった。
ゼロかと言えばそういうわけではないし、暫くは夢にまで見て寝付けなかった。
けれどそうしなければ自分と最愛の妹が生きていけなかった。
母を失い兄妹の二人だけ。その中であの汚れきった皇族という柵の中で生きるには自分が地位を手に入れるしかなかった。
せめて生きていくだけの地盤を固めようとありとあらゆる知識や情報を脳に詰め込んだ。
二番目の兄の指揮する後ろについては彼の戦術を学びそして時には批判もした。
俺には才能があることは小さいことから自覚していた。
それを伸ばすためには兄弟の中でも一番優秀とされる彼の兄の元にいるのが一番だと知っていたし、
なぜか自分を気に入っていた兄に頼み込み十三で彼の副官についた。
他国を攻め入る時は兄の策と自分の策を比べ、レジスタンスの抑圧の時には軍の配置を考え、
入ってくる戦況を元に頭の中でシュミレーションをした。
そして気づけば、第二皇子や第二皇女と並ぶ実力者だと、皇室内で妬み嫌われた。
「…少し、やりすぎたかな」
「ん?どしたのルルーシュ」
思わずこぼれた言葉に隣にいたスザクが反応した。
ルルーシュはちょっとな、と笑ってポケットに直していた紙を取り出した。
「これ。これ見たら昔のことを思い出した」
「昔って…ああ、本国にいたころ?」
「そうだ。望んでなかったのに、上にあがりすぎたな、と」
「あー…確かに。次代は君を含む三人の誰かだろう、とまで言われてたからね」
「それが今じゃこの有様だけどな」
クク、と笑いを殺しながら几帳面に紙を畳んで元の場所に入れる。
スザクはその様子を見ながら少しだけ眉間に皺を寄せた。
何かを言おうと口を開いては閉じ、それを数回繰り返すと、意を決して口を開いた。
「戻るつもりはある?」
主語もない言葉にルルーシュは一瞬だけぽかんとしたが、すぐにスザクの言いたいことを理解しそうだな、
と少しだけ考える素振りを見せた。答えなど疾うに決まっているのに。
「ある」
歩みを止めてルルーシュは言った。
正面から真っ直ぐ見てくる瞳、意志のこもった強い声。
スザクは思わず息をのんだ。返答が予想外のものだったこともあるが、何よりルルーシュの決意の強さに動けなくなった。
「俺は、必ずもう一度あそこへ戻る」
「…理由を聞いても?」
ああ、とルルーシュは言うと、その目を細めて静かに笑った。
「あそこにはまだナナリーがいる。ひとりで、ナナリーが。あの子を連れ出すために、俺はもう一度あそこに戻る」
「…そうか、そうだね」
「あの男の後を継ぐ気はないが、このままあいつらの思い通りになっているのも癪だ。それに、」
「それに?」
そこでルルーシュはいったん言葉を切って、複雑な表情をするスザクの左頬に右手を添えて数回撫でた後、言った。
「この地を…このエリア11と呼ばれる日本を、お前に返したいんだ」
遠くで人の声がする校舎の影で、スザクはルルーシュの細い体を強く抱きしめた。
ぎゅっと、息苦しいくらいの腕の力。ルルーシュもスザクの背に腕を回し抱き返した。
「『孤高の王と血塗れの騎士』、か」
スザクの肩に顔を埋めたまま、ルルーシュはぽつりと吐いた。
それは小さな声だったけれど耳元で囁かれた言葉はしっかりとスザクの元に届く。
ああ、とスザクは先ほどの自分とルルーシュのイベントに書かれていた紙を思い出した。
「二人揃ってこれだとは…まるで謀ったようだな、スザク」
「確かに。びっくりしゃちゃったよ。それに、たった二人だなんて」
ざわざわと気配が近くなったのを感じてスザクはルルーシュから離れる。
ルルーシュもそれに気づき腕を放した。
「君が王で僕が騎士だね。これって、もしかして将来を示してたり」
「冗談はやめてくれスザク。言っただろ、俺はあの男の後を継ぐ気はないと」
「でも僕は君の騎士になりたいと思っているし、僕にとっての王はほかに誰もいない。君だけなんだ」
冗談混じりのスザクに不服そうにルルーシュが返すと、スザクは苦笑しながら左手を取ってその甲に唇を落とす。
暫くはされるままになっていたが、その手を少しだけ動かして左手を支えていたスザクの右手をぎゅっと握った。
「仮にも軍人であるお前がそんなこと言うんじゃない。謀反だと裁判にかけられるぞ」
「表面では皇帝陛下に忠誠を誓っていても、軍人だって自分の主は決めてるんだよ。
みんながみんな皇帝陛下に本当の忠誠を誓っているわけじゃない」
「…そんなこと言って。他のやつらに聞かれてでもしたら、さすがの俺でもフォローは仕切れないぞ」
「構わないさ、別に。そうしたら、堂々と僕の王は君だって言ってやる」
子供が悪戯をしたみたいに笑うスザクに小さくため息をつくと、ルルーシュは左手に少しだけ力を込めた。
「だがスザク、血に汚れているのはお前だけじゃない。俺もだ。お前だけが血に汚れているんじゃないよ」
人を殺したのは、人殺しはお前だけじゃないんだ。
目を閉じて優しくそう言うルルーシュにスザクは元から大きい目を驚きでさらに大きくした。
俯き加減のルルーシュは綺麗だった。
儚さと強かさを併せ持った表情に誘われるように、スザクは空いている手でルルーシュの顎を少し持ち上げる。
それからお互いの息が掠めるくらい顔を近づけると、ルルーシュだけに聞こえるように囁いた。
「君もひとりじゃないよ。君がどんなに気高く高貴な存在であるとしても僕は、君の隣に立ち続けるから」
そうして目を閉じてどちらからともなく唇を合わせた。
世界の始まり
あなたの隣で世界が終わる
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性懲りもなくまたシリーズものをひとつです。
ちょう不定期更新で書きたいとこまで書けたらいいなと。
設定は皇子としての籍は残っているけど学園に通っているルルーシュと、
その騎士で一緒に学園に通っているスザクです。
母親が殺されたり日本が攻められた経緯は原作と同じで、あとの設定は徐々に書いていくつもり。
いつもながら暗めでシリアス調の話になると思いますがよろしかったらお付き合いください!
2008.11.01